昴通信

2018
• 昴通信12月号
• 昴通信11月号
• 昴通信10月号
• 昴通信9月号
• 昴通信8月号
• 昴通信7月号
• 昴通信6月号
• 昴通信5月号
• 昴通信4月号
• 昴通信3月号
• 昴通信2月号
• 昴通信1月号
2017
• 昴通信12月号
• 昴通信11月号
• 昴通信10月号
• 昴通信9月号
• 昴通信8月号
• 昴通信7月号
• 昴通信6月号
• 昴通信5月号
• 昴通信4月号
• 昴通信3月号
• 昴通信2月号
• 昴通信1月号
2016
• 昴通信12月号
• 昴通信11月号
• 昴通信10月号
• 昴通信9月号
• 昴通信8月号
• 昴通信7月号
• 昴通信6月号
• 昴通信5月号
• 昴通信4月号
• 昴通信3月号
• 昴通信2月号
• 昴通信1月号

ブックレビュー

• 『八月の光』
(著)ウィリアム・フォークナー
• 『敵』
(著)筒井康隆
• 『給水塔と亀』
(著)津村記久子
• 『さよなら渓谷』
(著)吉田修一
• 『荒野へ』
(著)ジョン・クラカワー
 /NOBO
• 『すべて真夜中の恋人たち』
(著)川上未映子
 /NOBO
• 『川は静かに流れ』
(著)ジョン・ハート
 /NOBO
• 『ラスト・チャイルド』
(著)ジョン・ハート
 /NOBO
• 『耳の物語』
(著)開高健
 /NOBO
• 『大いなる助走』
(著)筒井康隆
 /NOBO
• 『唐獅子株式会社』
(著)小林信彦
 /NOBO
• 『憂鬱たち』
(著)金原 ひとみ
 /NOBO
• 『蛍・納屋を焼く・その他の短編』
(著)村上春樹
 /ひよし
• 『破獄』
(著)吉村昭
 /ひよし
• 『ヘヴン』
(著)川上未映子
 /NOBO
• 『さまよう刃』
(著)東野圭吾
 /YUICHI
• 『さよなら、愛しい人』
(著)村上春樹訳
 /ななえ
• 『さらば愛しき女よ』
(著)レイモンド・チャンドラー
 /ひよし
• 『秘密』
(著)東野圭吾
 /YUICHI
• 『蛍』
(著)織田作之助
 /NOBO
• 『タタド』
(著)小池昌代
 /NOBO
• 『ことば汁』
(著)小池昌代
 /ななえ
• 『ポトスライムの舟』
(著)津村記久子
 /NOBO

ブログ

『あんな町、こんな国』恵美
『風に吹かれてお散歩』ふう
『そんなことよりおなかがすいたよ』せりか
『80歳からの手帳』久里
『ひとことブログ』ひよし

作品

• 「筆談ノート」
   槇野ひよし
• 「もう雪はいらない」
   成澤利律子
• 「根室の金毘羅祭り」
   波津俊昭
• 「胸」
   齋藤千賀子
• 「宝物」
   齋藤千賀子
• 「Nより」
   牧野ひよし
• 「久里先生」
   藤原けいこ
• 「キリギリスが鳴いた夏」
   神田寿美子
• 「文章サロンの四年間」
   神田寿美子
• 「Kuri's Letter ささめや ゆき さまへ」
   沓沢久里
• 「東日本大震災に思う」
   神田寿美子
• 「正月の固い決意」
   五月葉子
• 「ヘアスタイル」
   五月葉子
• 「私の札幌祭り」
   神田寿美子
• 「飯茶碗始末」
   さとう純子
• 「蝉に思う」
   川瀬潔
• 「ミモザの絵」
   神田寿美子
• 「皿」
   さとう純子
• 「開放感」
   牧野ひよし
• 「―何故書くのか、後編―」
    西沢洵子
• 「仕事ってどんなもの」
   小谷由美
• 「チェンジ」
   牧野ひよし
• 「呆けるのなら父さん流」
   神田寿美子
• 「マタニティヌード」
   舟崎恵美 
• 「生還者」
   舟崎恵美
• 「恋文」
   澤澄子 
• 「見えないトロフィー」
   牧野ひよし

昴通信・通信文

2018/12◇TAMA


師走を迎えたので、
ぼちぼち年末の大掃除に取り掛かからなければならない。

先ずは、浴室。
壁や棚の汚れを落とし、
あちこちに点在する黒カビ退治の後、
銀イオンの燻煙剤でカビ防止コーティングを施す。

次に、冷蔵庫。
目に付かない奥の方で化石になりつつある残り物を全て排除し、
隅々まで殺菌作用のある洗剤で拭きあげる。

続いて、キッチンの換気扇。
油でベタついたフードやファンをつけ置き洗いし、
吹きこぼれで焦げついた五徳を磨き上げる。

トリは、家中の照明器具。
夏場に入り込んだ小さな虫の死骸を取り除き、
カバーや電球、蛍光灯の汚れを丁寧に落とす。

掃除を終えて電気を点けたら、
さぞや部屋がパァっと明るく見えることだろう。
これらのミッションが計画通りに終われば、もう新年はすぐそこだ。

そうそう、大トリに神棚掃除が控えていた。
本来なら男のすべき事だが、不信心な父は放ったらかしなので、毎度、私にお鉢が回ってくる。
我が家に時々思いもよらないトラブルが巻き起こるのは、その愚行に怒った天照大神からの罰なのかも知れない。
来年は、その怒りもちょっとだけ和らげてくれることを願いたいものだ。


2018/12◇ひよし


もしも僕がラジオ番組をやるなら、男二人女一人の三人組でやりたい。
その場合、それぞれの関係も重要と考える。
パワーバランスである。
僕がメインを務め、相方は同年代の男性がいい。で、どちらかというと良識派の爽やかな奴がいい。二枚目で歯が白くて女友達に事欠かない奴だ。そういう奴は大抵情報通で話題豊富なので番組中に頼りになるし、ソツがなく羽目を外さないからそこが突っ込みどころになり、却ってこっちの印象が強くなる。つまり、攻めれば攻めるほどこちらが型破りな非常識人へとスケールアップして見えるので都合がいい。見せかけだけだが十分美味しいはずだ。
女性はアシスタントで年下、妹タイプで気の強い、自分の好みじゃない人がいい。好みだと緩むところが安心して突っ込んでいける。もし番組中に泣かせたとしてもきっと平静で、なんならその涙を利用してひと盛り上がりできそうな気さえする。

基本線は相方と二人で話題を転がし、アシスタントの女性を置いてきぼりにするような大人の男の猥雑なトークである。
時折、三角関係を利用して、僕とアシスタントの女性が組んだり、二人を敵に回したりしながら、論戦での立ち位置を明確にさせて、なあなあでは流さない、こだわりの意見を聞かせたい。

で、最後はアシスタントの女性と相方が案の定くっついて番組が終了。僕は、スタッフとも関係者とも縁を切って、SNSからも抜ける。というのをやってみたいと思う今日この頃です。


2018/0¥◇TAMA


『ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し。
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。』

苗穂駅ホームの改札口の上には、古ぼけた看板があって、
そこにはこんな一文が書かれている。
札幌で暮らし始めたばかりの頃、通勤列車の窓からこの看板を眺め、
しばし『旅』に思いを巡らせていた。
当時はまだ新入社員の安給料だったから、フランスなんて夢のまた夢。
せめて新しい靴を履いて、このままぶらりと小樽にでも行ってみようかな。
なんてね。
寝坊して遅刻しそうな時も、仕事で失敗した日も、
あの看板を見ると、何だか救われた。
それが、萩原朔太郎の『旅上』という詩の一部である事を知ったのは、
それからずっとずっと後の事だった。

11月17日(土)、苗穂駅が新駅舎となって開業する。
新しい駅舎の何処かに、あの一文は刻まれているだろうか。
それを確かめに、いつか、ふらりと訪ねてみたいと思う。



2018/0¥◇ひよし


ドラマ「THE WIRE」はボルチモアという都市を主人公にしている。
登場人物には個性があり、事件には生々しさがある。
出来事も人間も全て、ボルチモアという土地から生まれ、根がついたままの、切り離されないものとして描かれている。
THE WIREのドラマとしての器の大きさは、刑事たちの性欲を仕方のないものとして放置しているところであり、正義と私利私慾が人生においては等価であるということを飾らない潔さにある。



2018/10◇TAMA


一日の最低気温がひと桁を記録し始めたこの頃、私の目下の問題は、いつストーブを点けるかという事だ。

札幌で独り暮らしをしていた頃は「10月いっぱいはストーブを焚かない!」と目標を定め、厚手の部屋着を着込んで過ごしたものだ。
けれど、実家暮らしの現在は親の経済力に甘え、我慢や忍耐とは無縁の生活。
が、そんなぐうたらな私でも、ストーブの使い始めには気を使う。
だって、一度点けたら、もうその後は暖かいのが当たり前になり、我慢しなくなってしまうから。
いずれは点ける訳だけれど、それを一日でも先へ伸ばすことが、親不孝ムスメのせめてもの自戒なのだ。

夕飯を終え、お風呂に入って自室に戻る頃は、もう21時過ぎ。
昼間の日差しで暖められた部屋も、すっかり冷え込んでいる。
トレーナー上下にニットのカーデガンを羽織り、フリースの靴下という出で立ちで机に向かうが、黙って座っていると指先や足首から寒さがじわじわと染み込んでくる。
思わず、隅っこのストーブに目をやるが、そこは我慢、我慢!

つい先日、「旭川で初霜が降りた」というネットニュースを目にした。
もうそろそろ我慢を辞めても良い頃かな?
ねぇ、誰か、「もう、いいよ」って言って!


2018/10◇ひよし


私の人生は隠されたものを覗きたいという欲望に支配されていた。
振り返ると、裏返しにされた石たちが水平線まで連なっている。
石のそばに空いている穴が私の好奇心の深さだ。
穴の大きさは様々で、
鯨くらい巨大な穴もあれば、
乳首くらいの小さな穴もある。
それは掘ってみないとわからない。
もっと掘りたくなるか、途中で引き返すか、それも穴の中に入ってみないとわからないことだ。
今、新しい穴を掘り始めている。
きっと巨大な穴だろう。
何しろ古今東西の歴史が詰まっているのだから。


2018/09◇TAMA


やっと9月。
あと数日で今年のプール営業が終わる。
5月末からスタートして3ヶ月と2週間。
始まる前は「長いなぁ……」と思うのだが、
過ぎてみると短かった気もする。
毎年の事だが。

実家に戻って以来、
私の夏はプールのオープンと共に始まり、
クローズと共に終わるというルーティーン。
お盆も営業しているので、夏休みというものが無い。
カナチョロやクワガタに遭遇し、アブと闘う日々。
お客は殆どが子供と健康志向の中高年ばかり。
たまには、目の保養になるような良い男にも遭遇してみたい!

ああ、今年も夏が終わっちゃうなぁ……。


2018/09◇ひよし


「食べらさる」ってご存知でしょうか。
道内のご婦人たちの口癖で、自分の意思とは関係なく食べ物が勝手に口の中へ運ばれていく現象のことです。
不思議な現象ですね。本人には食べる意思など全くないのに、目の前のポテトチップスが次から次へと口の中に消えてゆくのです。それを見守るしかない状態をいいます。
何かの仕業としか思えません。これが道内の家庭では頻繁に起こるらしい。怖いですね。
「食べ・ら・さる」
用途の限られた難しい言葉ですが、
まるで食べ物自体が意思を持ち自ら行動しているように使うときちんと伝わります。
「いやーお腹いっぱいなのにこのお菓子食べらさるわぁ」
「アンタ血糖値気をつけなくちゃならないのにさっきからずっと食べらさってるね」
「食べらさって食べらさってもうどうしてくれるの(何かを叩く)」
こんな感じになります。

矢沢永吉の代表曲「時間よ止まれ」は「食べらさる」を応用して作られた歌です。
「汗をかいたグラスの 冷えたジンより
光る肌の香りが おれを酔わせる
幻で かまわない
時間よ 止まれ
生命の めまいの中で」

それなりの恋愛経験を積んだはずの男性が、
避暑地で出会った女性と恋に落ちそうになる。
この恋もそんなにうまくはいかないと冷めてみるものの、
どんどん惹かれ、もうどうでもいい、メロメロにしてくれ、いっそ時間を止めてくれ、と鮮やかにノックダウンされる夏の日の名曲です。

次の歌詞に「らさる」現象が見られます。
「光る肌の香りが おれを酔わせる」
ここですね。
これは意訳すると、
「いやー夏の日の恋なんてさマボロシでしょ、わかってるって、ウン、わかってるんだけど、なんかいい匂いするっしょ、あれ嗅ぐとさ、食べらさるわ。止まんないわ。いやいっそ時間の方を止めて欲しいわ」
と、なります。

このように「らさる」を用いると、夏の日の恋もぐっと恐ろしくなりますね。


2018/08◇TAMA


真夏日に達したある日の昼下がり、
図書館で2時間ほど調べ物をして車に戻ったら、
助手席に放置していたブドウ味の「果汁グミ」が、
袋の中で液状化していた。
ぷにぷにだったグミが、
まるでジュースみたいにちゃぷちゃぷいっている。

「グミって溶けるんだぁ!?」

思いがけず、今年いちばんの驚きでした(笑)



2018/08◇ひよし


信号に引っかかるのは、暴走族対策でわざとだと聞いたことがある。
青信号が繋がるようにしてしまうと、猛スピードで走るから危険だと。
確かにそうかもしれないが、あの人たちそもそも信号なんて気にしちゃいないでしょう。
暴走族なんですから。赤に突っ込んでいって度胸をひけらかしたりするのが楽しみなんでしょう。
そのせいかは知らないが、信号というものは本当に人が気持ちよく歩いているところを中断するものだね。

素晴らしい発見をした。北18条から札幌駅までいく先々が全部「青」。青青青ずーっと青。おそらく一般的な歩く速さに合わせているのだろう。まるで待ち構えているようにさっと青に変わる。実に気持ちのいいもんだ。それが体験できるのは、東1丁目と2丁目の間を南下するルートだけ。


2018/07◇TAMA


6月15日、札幌へ向けて車を走らせていると、
右肘の内側に痛いような怠いような違和感を感じ、
数時間後には、箸の上げ下ろしも困難なほどに痛み出した。
翌朝、整形外科で診てもらうと、
「肘に石灰が溜まり、免疫機能が異物だと判断してして攻撃しているため炎症を起こしている状態です。元々は自分の体内から発生したものなので、免疫機能がそれに気づくと攻撃を辞め、炎症が治りますが、それがいつになるかは判りません。なので、それまでは痛み止めと湿布で凌ぐしかないんです」
と診断された。
どうして石灰が溜まるのか原因は判らないが、そう言う体質の人がいる、とのこと。
私もその一人だった訳だ。

今の所、鎮痛剤が効いて痛みは和らいでいるが、気を抜くとぶり返すので湿布は欠かせない。
またひとつ、妙な病を抱えてしまったものだ。
長く生きているといろいろな目に遭う、と、つぐづく思う。
来月は、何が起こるんだろう。
やれやれ。


2018/07◇ひよし


机には「エースをねらえ!」全10巻がうず高く積まれている。
手に取ることを心のどこかで封印していた禁断のコミック。
あの岡ひろみや、お蝶夫人、宗方コーチに、藤堂、お蘭……。
異色のキャラの楽園、いやそんな生ぬるいもんじゃない。
これはテニス漫画に見せかけた愛と苦悩と自己実現と苦悩と努力と苦悩についての重いおもーい苦悩漫画である。
テーマの暗さをテニスとお蝶夫人の巻き髪で隠蔽しているとんでもない少女漫画である。
「男に支えられずに死んでいく女は、母一人でいい」
こんなセリフを平然と口にするテニスのコーチは如何なものか?
「あたくしの周りに残る者は、あたくしを理解しない者ばかり」
こんなセリフをつぶやく17歳の娘のあだ名はそりゃ「お蝶夫人」になるでしょう。
5巻まで読んで、涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの僕の頭の中には、例の宗方コーチのセリフが効果的に蘇る。
「岡、エースをねらえ!」
ジーンときますね。はい。



2018/06◇TAMA


この5月で、53歳になった。
去年の暮れから慢性的に蕁麻疹が出るようになり、つい先日には、カモガヤによる花粉症を発症。
どちらもアレルギー反応によるものだ。
象が踏んでも壊れなさそうな私なのに、
加齢と共に体質はどんどん変化して行く。

来年の今頃は、どんなアレルギーが発症しているんだろう。
大好物が食べられなくなるのだけは勘弁願いたいものだ。



2018/06◇久里


昴新年会ですでにお馴染みの「書肆吉成」店主・吉成くんが新しく「池内店」を開いて頑張っている。正確には「書肆吉成 丸ヨ池内GATE6F」だ。その店内ギャラリーで次々と開催されている文学やアートのイベント案内が送られてくる。
今は気力も体力も老いて、従来のように軽々と出かけるわけにはいかないのだが、なぜか 「今福龍太 トークイベント」に心が動いた。人類学者らしいがとNETで調べたら大変な人ではないか。なのに、彼の著書は私の読書範囲から遥かに遠くて、手にしたこともないとは悔しい。
「ないものがある世界」をめぐる旅―というタイトルにも惹かれた。今福龍太の全集に値する「パルテータ」(水声社刊)全5巻の完結篇という記念作である。
著者への興味が膨らみ、亜璃西社長の和田由美さんを誘った。今福さんとその著書に出会った当日の興奮をここには書ききれない。続きはブログの手帳に任せることとする。

2018/06◇ひよし


知っているだろうか、
ハズキルーぺを。
CMで流れるたびに「ハン!」と鼻を鳴らして笑っていた自分。
あの頃に戻りたいなあ。
うふふ。
伝えたい言葉がある。
「欲しい」
「欲しくなるぞ、ハズキルーペ!!」


2018/05◇TAMA


今年のGWは、東北旅行に出かけた。
岩手県の中尊寺と厳美渓、
宮城県の気仙沼と松島、
山形県の銀山温泉と山居倉庫。
向こうはもう桜は終わり、
街路樹のハナミズキが盛りを迎えていた。

気仙沼では、岩井崎の潮吹き岩を見に行く途中の車窓から、
被災した向陽高校の校舎を見た。
鉄筋コンクリート4階建校舎の全ての窓が爆風で吹き飛んだようにぐしゃぐしゃになっていて、当時の凄まじさがうかがえる。
この校舎は、津波の記憶を残す為に保存が決まったのだという。
のんびりと観光なんてして申し訳ない気分だった。
が、気仙沼の市場でしっかりと生牡蠣を満喫。
こうして旅行先で買い物やグルメを楽しむ事が復興を支えるのだ、と思おう。

北海道に戻ったのは、6日の夕方。
土砂降りの雨と外気温6℃の肌寒さに震えながら高速をひた走って帰宅。
あれから数日経ったが、未だに旅行気分が抜けずにいる。

次の連休は7月かぁ。
遠いなぁ。


2018/05◇ひよし


朝の札幌のそれなりのラッシュアワー。東京の比ではない。でもホームには沢山の人・人・人。花火大会?嵐のコンサートだっけ?くらいの混雑ぶり。常に大きな流れに阻まれ思うようには進めない。一番の難所は階段前の激流。上る人と下る人と乗降客でごった返し。ぶつかり、合流し、巨大化する人の波。その難所のど真ん中で向かい合う一組の若い男女。 「すげえ根性。この激流でラブシーン?」と思いきやなにやらおかしな様子。女子大生風の女が、涙を浮かべ、抗議している。男の袖をぎゅっと握り締め、駅員のいる方へ引っ張っていく。痴漢だあ。 抵抗する素振りも見せず終始なすがままの男の虚ろな表情。生気のない目。逃げる気もないらしい。札幌でもあるんですねこういうの。ああそういえば僕も痴女に遭遇したことがありました。あれは高校生の頃だったな。


2018/04◇TAMA


毎月1回だったラジオドラマ原稿を、新年度から各月に戻して貰った。
でも、だんだんと自分の中で面白味がなり、最近では辞めたい気持ちが8割を占めている。
「今年の10月をめどに、降板させてください」
そう伝えるつもりで望んだ先月の収録日。
担当ディレクターと挨拶を交わした途端に、
「実は、予定していたライターが行方不明になっちゃって連絡つかないんですよ。とりあえず1回分の原稿は出てるので、その間に後任を探して、あなたに迷惑はかからないようにします。まぁ、そんな状況ですが、今後ともよろしくお願いしますよ」
と、私の話を予測していたかのように先手を打たれてしまった。

という訳で、お人好しな私は、言いたいことを飲み込んで、
少なくとも今年度いっぱいはラジオドラマを書かなければならなくなりました。

やれやれ。


2018/04◇ひよし


中濃派として生きてきたこの半世紀、無論、自分で選択した生き方で後悔はないが、もし僕に少しだけ浮気心があったなら、あのご馳走と過ごした幾夜かの想い出がもっと親密にもっと心の底から楽しむことができたのではないだろうか。特に焼きそばに対して! 勘のいいみなさんならもうお察しの通り、私マキノヒヨシはウースターソース派へと転向することをここに宣言する次第であります。
素材の邪魔をしない、あくまで後方支援の立ち位置、ちょっと物足りなさを感じる時にさりげなく差し伸べる塩加減。もっと早く取り入れるべきでした。
きっかけは突然のアジブームだった。アジフライの定番であるウースターを試したところこれがまさかの「こんなの初めて」。気がつけばドリア・グラタン以外には全ウースターが正解の毎日。
「男は黙って中濃」という生き方で刻まれた眉間の皺が消え、代わりに目尻がたれるという緩み具合。もう元の鞘には戻れないという男の人生であります。



2018/03◇TAMA


確か先月、
「占いによると、今年、私の運勢は絶好調だ」
と書いた。
世界の中心と言えるほど、12年に1度の幸運期なのだと。

でもね、アレルギー性鼻炎が治ったと思ったら、
今度は蕁麻疹がしょっちゅう出て身体中痒いし、
ラジオドラマの原稿と
短大の入学案内パンフレットの取材と原稿締め切りが重なって
殺人的スケジュールに見舞われるし、
カーナビが壊れて交換しなくちゃならなくなるし、
一体何をもって絶好調と言うのか、甚だ疑問。

節分が過ぎたら、この状況も好転していくのだろうか。
少しでも良い運気だと感じられる出来事に期待したいものだ。


2018/03◇ひよし


いつだって組織を壊すのは「愛」である。
愛はどんな組織であろうと、お構いなしに芽をふく。
それが過激な政治結社だろうと、
戒律の厳しい宗教だろうと、
受験戦争の真っ只中だろうと、
緻密に計画された銀行強盗の最中だろうと、愛には一切関係ない。
いつどのように愛が生まれるかは、当人にもわからないのだ。
愛は厄介なもので、目に見えず、絶えず形を変え、その居場所は当人にさえもわからない。
それゆえに不安になる。疑う。自信を失う。嫉妬する。憎む。裏切る。

と、
いうわけで、Netflixの「ペーパーハウス」面白いっすよー。



2018/02◇TAMA


ゲッターズ飯田の五星三心占いによると、
私は『銀のイルカ』という星に属している。
で、2018年の銀のイルカは、
世界の中心と言えるほど絶好調の運気なのだという。

細木数子の六星占術によると、私は水星人のマイナスで、
こちらも2018は12年に一度の幸運期を迎えているらしい。

お正月に風邪をひき、
その後アレルギー性鼻炎が悪化してあたふたし、
図書館の返却期限を過ぎて怒られる、
という散々なスタートだった1月。
今後、本当に幸運が訪れるのだろうか。

初詣で引いたおみくじは『末吉』だった。
恋愛の欄に書かれていたのは、
「この人を逃すな」
えーっと、この人って??
我こそはと思われる殿方、ご一報くださいまし!


2018/02◇ひよし


「やめましょう、歩きスマホ。」
というポスターがある。

最近よく目にします。
ずっとスマホを見てるから、やれ線路に落ちただの、自転車とぶつかっただの、
それを逆手に取られて詐欺に遭う人もいるそうで、
歩きスマホはいかんよ、危険だよ、迷惑をかけるよ、という温かい目線から作られた、まともなポスターである。
だから一言云いたい。

「歩きスマホしてる奴は、壁のポスター見てない」

歩きスマホしているから。だからそのポスターは目に入らん。
「そのメッセージ、スマホに流せ」

そう思う。
2018/01◇TAMA


クリスマス目前のある日、3歳の姪っ子が肺炎で入院した。
当然、お嫁さんも付き添う事となった為、
料理も育児も嫁さん任せの不甲斐ない弟は路頭に迷い、
小5と小3の甥っ子と共に我が家に転がり込んで来た。

悪い時には悪い事が重なるもので、
同じ頃、父が作業場の階段から足を滑らせて背中を強打。
肋骨を折ってしまい、暫く身動き取れない状況になってしまった。

さぁ、大変だ!
子供達の世話と、父のワガママ。
全てが私に降りかかって来た。

いつもより1時間早く起きてご飯を作り、
山のような洗濯物を洗い、
子供らの勉強をみてやり、
オヤツ、昼ごはん、夕飯の支度にお風呂の準備……。
子供達を寝かせて、ふと気づけば、
自分がいつ何を食べたのかも思い出せない程。

そんな日が1週間も続いた頃、やっと姪が退院した。
父の怪我も落ち着き、私はやっと苦行から解放されたのだった。

あれ?
何か節々が痛い。
目がショボショボして熱っぽいかも。
体温計は37度5分。
気が抜けて、風邪ひいちゃうパターンだった。
置き薬の葛根湯を飲み、R−1ヨーグルトを食べ、
栄養ドリンクとニンニク黒酢を確保。
病院も休みに入ってしまった年の瀬、
何とか、症状が悪化せずに新年を迎えたいとを願うばかりだ。

やれやれ。


2018/01◇久里


大変遅ればせながら
新年のお喜びを申し上げると共に、寒中の御見舞を申し上げます。
昨年中は小説集の出版に続く道新文学賞受賞と、嬉しいことが続きました。
皆様から沢山のご声援やご祝詞を頂き本当にありがとうございました。
又85歳を期して以後の賀状を欠礼させて頂く旨、お詫び申し上げたことでしたので、
今年度は昴通信上でのご挨拶に代えさせて頂きました事を何卒お許し下さい。
さて何という事か、道新文学賞を授与されて、幸せと喜びの頂点を味わった直後に、帯状疱疹が発症。激痛に呻吟する日夜がXmas過ぎまで続いたのです。
家族の手助けのお陰で、おせちも例年通り、無事にお正月を祝うことが出来ましたが「人間万事塞翁が馬」「禍福は糾える縄の如し」の諺が骨身に沁みる日々でした。
かつて『鶴の泪』で「朝日新聞女性の小説」を受賞した時、初めての帯状疱疹にやられ、
まさにお岩さんの御面相で祝宴に出席したことがトラウマになったのでしょうか。
子供の頃から潜んでいた水疱瘡のウイルスが神経細胞の中で復活し暴れ廻るのだそうで、
ストレスや疲れで体調が衰え、免疫力が弱くなった時が狙い目なのです。
40年ぶりにこの曲者が再登場。特効薬も鎮痛剤も効能うすく、大いに苦しめられました。
私と同年配で、なお現役の名医、岩田美恵子先生も経験者で私の苦痛を百も御承知。
若い時と違うのよ、根気よく辛抱強く耐える他ないと慰め励まされるばかりでした。
お腹と背中の傷痕は人目に触れず、恐れていた後遺症の神経痛もなく、ようやくやれやれとなりました。
三浦綾子さんも、沢田誠一氏も最晩年にこの病気に大いに悩まされ、苦しんでおられたことを思い出しています。

2018/01◇ひよし


このままだと世界が変わってしまう。

ディオンヌ・ワークイットだと思っていたら、
ディオンヌ・ワーウィックが正解で、

テニスのにしごりくんはにしこりで、

ジョニー・ディップはデップが正解だという。
デップ?ダサーい。

ウッディアレンはウディアレンだし、
ジャックニクラウスもニクラスが正式で、

ゴルフ界の神の子セルジオ・ガルシアはセルヒオが正しいらしい。
セルヒオ?ヒオ?しっくりこないわー。

シュミレーションが実はシミュレーションだったなんてのはどうでもいいが、

「ウッディアレン」と「ジャックニクラウス」は憧れの存在だったから名前を変えるなんて(本当は訂正だが)絶対に嫌!

なので折衷案として、改名候補を差し出しましょう。
ジョージルーカスを「ショージルッカス」
エリッククラプトンを「エレッククランプトン」にしますので。

僕の住んでいる世界を訂正しないでください。

2017/12◇TAMA


いつかは、こんな日が来るんじゃないかと思っていたんです。
ええ、何食わぬ顔でやり過ごしていましたが、
内心はビクビク、ドキドキでした。
こんなに順調に行く訳ない。
きっと思わぬ落とし穴があるに違いない、と。
で、とうとう先日、それが現実になっちゃったんです。
はい、ついにやらかしました!

ええ、例のラジオドラマです。
詳しいことは、新年会で f^_^;


2017/12◇ひよし


壇上の人をすぐそばから遠い目で見ていた。
今日は文学賞の授賞式である。
自分のよく知っている人は盛大な集まりの一等席に主役として微笑んでいた。
今更ながら、そういう人だと実感できた。
改めた思いで見ると、実にふさわしく映った。
「当然ですよね、先生」
そう語りかけると、深く坐りなおして、少しネクタイを緩めた。

2017/11◇TAMA


ある日の夕方、父が両手に何かを抱えて帰って来た。
作業場の横に生えていたシメジ茸だと言う。
でも、それはできそこないの舞茸みたいで、
石づきも傘も泥だらけ。
どう見ても、スーパーで売っているシメジとは似ても似つかない。
(スーパーで売っているのは正式にはブナシメジと言ってシメジ茸とは別物なのだが)

「本当にシメジなの?」と私。
「うん! 作業場の横に、これの10倍ぐらい生えてる」と父。
食べられるものなの?
毒キノコじゃ無いの?
訝しがる私を尻目に、父は得意満面だ。
仕方がないので、泥を洗い落としながら
「どうしよう、これ」
母に相談すると
「取り敢えずお味噌汁にして、飲ませてみよう」
ということになった。
要するに、父に毒味をさせるのだ。

夕飯時、何食わぬ顔で味噌汁を出すと、
父は「旨い! 旨い!」とお代わりまでして食べた。
1時間後、2時間後と様子を観察したが、
特に異変はなさそうだった。
そして翌朝も、いつもと変わらず起きて来た。
という事は、どうやら毒キノコでは無いらしい。
しかし、生えてる場所が場所だけに、私と母の食指は動かない。
結局、キノコ汁は父が全部平らげた。

それから数日後、父が再び例のキノコを採ってきた。
「こないだ、旨かったかよな!」と嬉しそうな父。
毒味させられたとは知らず、良い気なもんである。

「お前たち、食べないのか? 旨いぞ!」
「ああ、そんなに美味しいならお父さん全部食べて良いよ。
私たちはキノコよりワカメの方が好きだから。ははは!」

雪が降るまで、父専用のキノコ汁は続きそうである。

2017/11◇ひよし


ヨーガクトクセン1000、知ってますか?
もう我々の世代にはなつかし〜い、青春の音楽が1000円で発売されているんですよ。
早速買いました、「イノセントマン」。
ベスト盤の「ビリーザバラード」ではなく、オリジナルアルバムの「イノセントマン」を買えたことが嬉しいんですわ。
ちょっとした贅沢。
ベストではなくあえてオリジナルを選ぶ。
ここ大事なんですけど、わかります?

わかる人とは長い付き合いができそうな気がします。
2017/10◇TAMA


9月の半ば頃になると、毎年、文房具店のメインコーナーに来年の手帳が並べられる。
夏が終わったばかりだというのに、もう年末に向けてカウントダウンが始まっているのだ。
月日の流れは早いなぁ、と思わずため息をつく。
けれど、新しい手帳を手に取ると、わくわくした期待感が湧き上がってくるから不思議だ。

ここ5年ほど愛用しているシリーズ手帳がある。
1ヶ月分が見開きのカレンダー状になっていて、月曜始まり。
右側に土日が並ぶので、週末の予定が書き込みやすいのだ。
手帳カバーの内側にポケットがあるので、メモや名刺などを挟み込んでおける。
そして最も気に入っている点は、ページの耳にカラーのインデックスが付いていて、目当ての月がすぐに開ける事だ。
長年にわたる手帳遍歴の末に、やっと見つけた私好みの一冊。
クツワ株式会社の開発担当者さん、ありがとうございます!
この手帳、絶対に廃盤にしないでくださいましね m(_ _)m

真新しい手帳は、文房具店の紙袋に包まれたまま、机の引き出しに眠っている。
来年の予定を書き込むのが、今から楽しみだ。


2017/10◇ひよし


私のいる小部屋は面談室と壁一枚で隣接している。
壁も薄い。
内容が丸聞こえである。
私一人の時はいいが、利用者さんがいる時は非常にまずい。
よって音楽などをかけたりしたが、それでも聞こえてくる。しかもかなりはっきりと。
人の声というのは人の耳に良く届くようになっているのだろうな。きっと。
なのでやたらと音量ばかりが大きくなっていくのである。それもはた迷惑である。
どうにかしなくてはと考えていたら、ひらめいた。

木を隠すなら森である。

人の声を隠すなら、人の声の中に放り込んでしまえば良いのでは。

早速、音声を集めて編集し、流してみた。
バッチリである。

声は聞こえるが、話の内容はわからない。
森に隠せたのだ。
音量が小さくて済むので、利用者さんにも好評である。

ちなみにレシピを公開すると、アメリカ人+インド人+ロシア人+タイ人+イパネマの娘のBGM+離着陸音となっている。
お試しアレ。
2017/09◇TAMA


8月13日(日)、帯広の勝毎花火大会を観に行った。

もちろん1人での参戦だが、
旭川発のバスツアーに申し込んだので、人任せの気楽な旅だった。
会場に到着したのは午後5時。
それから露店でビールと串焼きなどを買い込んで腹ごしらえ。
そして午後7時半には、いよいよお待ちかねの花火ショーがスタートした!
音楽とレーザー光線と打ち上げられる大輪の花火。
これらがコンピューターで制御され、
空一面にめくるめく光のエンターテインメントを繰り広げる。
自分の視界が全て花火で埋め尽くされるという圧巻の体験は、
何度味わっても飽きることがない!
来年の開催日は、月曜日!?
残念ながら仕事を休めそうになりが、また機会があったら足を運びたいものだ。

8月16日(水)、ニトリ文化ホールに山下達郎のコンサートに行った。
例によって、1人での参戦である。
今回の座席は、1列15番!
ステージに向かって1番前の左端の席だった。
タツロウはオーケストラピットにも観客を入れるため、
実質、最前列ではないが視界を遮る物のない素晴らしいポジショニングだ。
しかも、曲の途中、タツロウが舞台袖のスピーカー後方をすり抜け、
すぐ目の前まで来てくれたのだ!
今回もまた、音良し、演奏良し、演出良しの大満足なコンサートだった。
でもさぁ、花火もコンサートも、実のところ誰かとご一緒したいなぁと切に思うのであります!

2017/09◇ひよし


ごくたまに、そうかーその手があったかー!
そう思わされることがありますね。

知ってます?
女性が開発した、釣り餌。

なんとクサくないんだそうです。

餌ですよ。
餌が臭く無い。
どういうことでしょ?

そもそも魚が好むものなんですから、餌なんてものは、クサければクサイほうがいい。
そう信じて疑いませんでした。
餌をつけるときに、
「ヤダ、この餌、すごく臭い」なんてことを口にした日には、
「お前には、魚釣りする資格が無ぇー!!」なんて怒鳴られるのが今までの常識でした。

これからは「ヤダ、全然、臭く無ーい!」に変わるわけです。
天と地ほどのひっくり返り方。

で、当然のように大ヒット。バカ売れしてるそうです。うまい手を考えましたね。でも発想としては、大したことは無いですね。目の付けどころが良かった。
女性が進出していない領域には、まだまだ宝の山が眠っているわけですな。
うちの親父なんざ、イタドリ虫を口にくわえて、釣り場をウロウロしてますからね。
「こうすると両手を使える」って。
咥えなくても使えるんですけどね。本当はね。

2017/08◇TAMA


今年も、この5月末から市営プールの管理をしている。
街の中心部から車で10分程の山間にある施設なので、
利用者は少なく、多い日でも100人ちょっと。
少ない日は10人を切る事もある。
それでも、朝9時から夜9時まで、オープン期間中は毎日休まず営業するのだ。
気温の低い日はストーブを焚いて。
むせ返るような真夏日は換気扇をフル回転して。
毎度の事だが、この仕事をしていると「プールって贅沢品だなぁ」と実感する。
今シーズンも何だかんだとするうち、3分の2が過ぎた。
9月9日の最終日まで、何のトラブルもなく過ごせる事を願うばかりだ。
30年ものの濾過機が、どうか途中で止まりませんように!

2017/07◇ひよし


ある朝、こんな啓示が降りた。
「なんでも天龍源一郎のせいにしちゃえばいいよ」
どういうことだろう。

すぐにそのイメージが浮かんできた。

本の帯に、誰かの言いたいことを書いて、それを天龍さんが言っていることにすれば良い、ということらしい。

こういうことだ。
どんなに角の立つ言葉を口にしても天龍さんなら許される?いや許しちゃう?とにかく平和なんです彼のせいにしておけば。
だから言いづらい事があったらみんなどんどん天龍さんの口を借りて言えばスッキリするし、事が荒立たないような気がします。
そういう人っているでしょ。ね。


2017/07◇TAMA


7月4日、松任谷由実のコンサートに行った。
彼女は、御歳63歳。
昨年のステージでは、歳には勝てず中年太りしたふっくら体型が気になったのだが、今年はぎゅっと絞って随分とスリムになっていた。
よく言われる事だが、彼女は歌唱力のある人ではない。
だから、彼女のコンサートは歌を聴くと言うよりレビューを見に行くような心構えで臨むのだ。
もちろん、そのレビューは日本最高峰のレヴェルである。
最新アルバム『宇宙図書館』の世界観を表現した芸術性の高い舞台背景。
ワイヤーアクションも取り入れたダンサーたちのパフォーマンス。
華やかでワクワク感いっぱいの舞台演出。
今回も、初めから終わりまでユーミンワールドを満喫させていただいた。
コンサートの終盤、最新アルバムに収録されている『GREY(グレイ)』という曲が演奏された。
この楽曲は、窓辺に佇んで霧雨の街を眺めながら亡くなった男性(父親か恋人)の面影を偲ぶ、と言う内容の歌。「私の心はアッシュトレイ。灰を落とす彼の癖と指先を懐かしむ小さな大理石」という歌詞が印象的な曲だ。
ユーミンがしっとりと歌い上げ、間奏に入って少しすると、何かの台詞を読むような男性の声が流れてきた。元々の曲には入っていないノイズだ。
よく聞き取れなくて、外国語かな?と思っていたが、所々に日本語がはっきりと聴こえる。
この声は何処かで聴いたような気もするなぁ……。
あっ! これは、かまやつひろしの声。
そして流れているのは『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』という曲の歌詞だった。
途端に涙が溢れてきた。
何と粋な演出だろう!
先日亡くなった友人の事を、こんな素敵な形で偲び、表現するなんて、流石だ。
帰宅してから、YouTubeで『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』を探し、聴いてみた。
昔、聴いた時も思ったが、曲がおしゃれでカッコイイ!
歌詞は、台詞のように歌われる。
久々に聴いたら、4番の歌詞が胸に残った。
『君はある時何を見ても何をやっても何事にも感激しなくなった自分に気が付くだろう
そうさ君はムダに年をとりすぎたのさ
できる事なら一生赤ん坊でいたかったと思うだろう
そうさすべてのものが珍しく何を見ても何をやってもうれしいのさ
そんなふうな赤ん坊を君はうらやましく思うだろう』
(『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』より)
確かにそうだな、と痛切に感じる。
ムッシュ36歳の作品。凄いよね。
因みに、この曲は大ヒットした『わが良き友よ』のB面だったそうな。
二重にびっくり!


2017/07◇ひよし


僕は猫が苦手なんだけど、それにははっきりとした理由がある。
猫はXXXを食べるからだ。
XXXを食べるなんて信じられない。
XXXだぞ!ああ、気持ち悪い。
どうしてあんな気味の悪いものを口の中に入れて、嚙めるんだ?しかもきっと美味しいと感じているに違いない。ああ、信じられない、猫、バカじゃないの?猫!

あ、それから、同じ理由で警察も苦手だし、変わった人(例えば蛭子さんとかひふみんとか)と結婚しちゃう一見普通そうな奥さんとかも苦手です。写真は天才過ぎた数学者の岡潔さん。

2017/06◇TAMA


4月末に甥っ子がニュージーランドへ旅立って以来、
うちの母はすっかりニュージー贔屓になっている。
キーウィに蜜柑、南瓜、ラム肉、マヌカハニー等々、
スーパーに行けばニュージー産の食べ物を嬉々としてカゴに入れるのだ。
ちょっと前まで「外国産なんて、どんな風に作られてるかわかんないじゃない!」と言って国内産食材しか受け付けなかった人が、である。
こんな風に日本から外国への留学者が増えると、留学先の産品にも親近感を持って購入する人が増え、貿易摩擦も解消されて行くのかも知れない、と思う。
アメリカのトランプ大統領にも、教えてあげたい。
でもね、ニュージー産の蜜柑は全然甘くないし、南瓜もベチャっとしてるのよ。
そこんところを改善してくれると、もっとファンになるんだけどね。

2017/06◇ひよし


こんな番組を知っているだろうか?
クリス松村の「いい音楽あります。」
「青春時代にオリジナルの選曲で作った、1本のカセットテープのように」
70~80年代アイドル、ニューミュージックからJ-POP、洋楽まで!
音楽に造詣の深いクリス松村が、自身のライブラリーから選曲してお届けします。
軽妙なトークで音楽黄金時代をガイドします。

と、ある。

知ったのは偶然だが、
80年代の音楽をまとめて聴きたくなったら、最近はこの番組を聴く。

曲紹介が実にいい。
えこ贔屓なしに当時のアイドルについて語れるのは、あんまり評価されないけれど一つの才能だと思う。
もしやオカマのなせる技なのか?
楽曲にまつわるあんまりPOPじゃない事柄を無視して純粋に音楽だけを評価できるクリス松村は、貴重な音楽平等主義者です。

2017/05◇TAMA


4月の末、甥っ子がニュージーランドに旅立った。
彼は、つい先日、中学校へ入学したばかりで、まだ12歳。
この5月でやっと13歳になる。
父親(私の長弟)の影響で、幼稚園の頃から毎週末、札幌のクラブチームでラグビーをやってたのだが、甥っ子は本気でラクビーをやりたいらしく、それならいっそのこと……ということで、ラグビーの盛んな彼の地への留学を決めたのだ。
向こうは9月入学だが、今から行って学校が始まる前に語学スクールに通うらしい。
「じゃあね。行ってくるよ!」
ちょっと旅行にでも行くような軽快さで、ヤツは家を後にした。
ひとりっ子で母親っ子。
小倉羊羹と抹茶入り玄米茶をこよなく愛し、
シシャモはオスに限ると拘るジジくさいヤツに、
果たして外国暮らしは乗り越えられるのだろうか。

まだ幼いからすぐホームシックになるんだろうな、と思っていたが、
今は便利なもので、ラインのテレビ電話機能で顔を見ながら気軽に会話ができるのだという。
とりあえず、今年の年末の休みには帰省するらしい。

半年後、体も心も逞しく成長した姿を見るのが楽しみな伯母なのである。

2017/05◇ひよし


朝、仕事で段ボール箱を下ろしたら、
ビリ!
と何かが裂ける音がして、
同時に下半身がひやーっとしてきて、
試しにトイレの個室で下半身を調べたら、
パンツが破れてお尻が丸出しになっていた。
ぶどうの中身が皮から全部はみ出したくらいの有様である。
そんなことを職場で言えるわけもなく、
そのまま一日過ごすことになったのだが、
なんかエロかったな。


2017/04◇TAMA


この4月3日(月)から、『やすらぎの郷』と言う倉本聰脚本の連続ドラマが始まった。
テレビ界に貢献した人だけが入所できる無料の老人ホーム『やすらぎの郷』を舞台に、往年の俳優や脚本家などの入所者が、様々なドラマを繰り広げる、というストーリーのようだ。
久々の倉本作品で、しかも、月〜金のお昼12時半から15分間の帯ドラマ。
(放送枠は20分だが、その内5分間は集中的にCMが放送されている)
テレビ朝日が社運を賭けて取り組んだ意欲作……かどうかは分からないが、キャスティングの面々を見てもその力の入れようが伝わってくる。
石坂浩二、近藤正臣、小松政夫、八千草薫、加賀まりこ、風吹ジュン、五月みどり、野際陽子、有馬稲子……等々。
しかも、番組開始前はもちろん、放送が始まった現在も『徹子の部屋』に連日出演者が代わる代わるゲストに呼ばれ、ドラマの話を熱く語っている。
驚いた事に、このドラマには石坂浩二の元妻・浅丘ルリ子も出演しているのだ。
そういうのって、もうタブーじゃないのね。
老人ホームが舞台とは言え、まだまだ色も艶もある俳優陣だ。
この先、渡辺淳一ばりにロマンスが展開されるのか。
それとも老人が一念発起して大活躍する話になるのか。
まだ3話なので話はちっとも進んでいないが、朝ドラ以外では久々に「見なくちゃ!」と思っているドラマだ。

暫くは、ランチタイムが楽しみである。

2017/04◇ひよし


最近Netflixで映画ばかり観ている。
筋のプロットなどをメモし、ノートにまとめていたら、結構溜まった。
プロットの割り方は、ハリウッドで使う三幕構成式である。
ヒットしたものは、プロットがはっきりしていて、全体をしっかりと支えている。
ヒット作に多いのは、桃太郎パターンである。
ダイハードとドンキホーテはこのパターン。

ぼくも桃太郎で書く!ヒットしたいから。

2017/03◇TAMA


2月中旬のある日、夕飯の支度をしながらテレビを点けたら、
アニメ『巨人の星』を再放送していた。
子供の頃に見ていたが、今回、初めて知った事がたくさんある。
花形満と伴宙太は、飛雄馬より1つ年上である事、
飛雄馬が入学した青雲高校野球部は、弱小チームだった事、
伴宙太の家も花形満と同様に自動車メーカーであった事、
伴宙太は当初、野球部ではなく柔道部で、応援団長でもあった事。
昔、夢中で見ていたつもりだったけど、
見ていない回も多かったんだと気づかされた。

それからもう1つ。
高校入試の面接で、貧しい星家を見下すPTA会長(伴宙太の父親)に向かって啖呵を切る飛雄馬の台詞の一部が無音処理されていた。
「オレの父ちゃんは、日本一の日雇い×××だ!」
おそらく、×××には「人夫」という言葉が入っていた筈。
人夫って、差別用語だったんだぁ、と驚いた。
応援団長の伴宙太は、青雲高校野球部を甲子園に行かせ、
憎きライバル・花形満の高校を打ち破らせようと企んでいる。
その為、野球部の練習に口を出し、厳しいシゴキを繰り広げていた。
この先、伴宙太はどんな経緯で野球部に入るのか。
そして、飛雄馬との熱い友情はどう形成されていくのか。
しかと見届けなくては!!

WBCは何だか期待できなさそうだけど、
プロ野球の開幕まで『巨人の星』でわくわくドキドキするのも、
きっと悪くないだろう。
このところ毎日、夕飯の支度が楽しみになっている。

2017/03◇ひよし


記憶力の低下なのか、そもそもの発想に問題があるのかはっきりしないけど、
スマホに保存している創作メモが酷い。
*ぼくと朝香がしている最中、闇閉(その背景に付属している婆)が踊り続けていた。
*ユングもサティもかじりましたが
*佳菜子を最初に見つけたのは風だった。月がいちばん最後だった。
さっぱりわからない。
肝心の部分を忘れているだけで、記憶を取り戻せば、素晴らしい物語になるのかもしれぬ。
しかし、
どんなに思い出したところで、闇閉(その背景に付属している婆)って、である。
月がいちばん最後だった。は、ポエムなのだろうか。

怖い。46歳の男のポエムは怖い。
メモは書き捨てることにする。


2017/02◇TAMA


インフルエンザに罹ってしまった。
新年会の3日後の夕方、机に向かっていたら急にゾクゾクッと寒気がしたのだ。
間も無く鼻の奥や喉がモヤモヤし始め、節々が怠くなってきた。
翌日、行きつけの耳鼻咽喉科で検査したら、インフルエンザA型が判明。
その直後から別室で待機し、薬の説明も清算もそこで行われた。
別室のドアには「かんせんしょうの患者様の待機室」と書かれていた。
感染症!
そうか、インフルエンザは、法定伝染病なんだよね。
何だか、自分が社会にとって凄く迷惑な存在になってしまった気がする。
でも、日頃からR1ヨーグルトやマヌカハニーを摂取しているお陰なのか、症状は比較的軽い。
発症から5日間は周囲への感染が心配される為、事務所では働けない。
暫くは引きこもり生活だ。
その間に資料読みや原稿書きをやれ、と言う神様からのお達しなのかな。

あー、早くシャバに出たいゼ!

2017/02◇ひよし


ジムに通わずにエクササイズできないものか?とよく思う。
別にジムを批判したいわけではない。
反対派がいたらむしろ擁護したいくらいだ。
ジムには昔通ったことがある。なかなかいいものである。
周りがみんな汗を流しているので爽快である。
体育の時間のようだ。

で、挫折した理由はもっと個人的なことで、支度が面倒臭いのだ。
やれタオルだ、着替えだ、シャンプーだ、水泳パンツだ、ジョギングシューズだと、準備に忙しい。
忙しいのは苦手だ。
だからだんだん面倒になってついに通うのを諦めた。
でも中年だし、体はなまるし、お腹は出るし、なんだかなーである。
で、結局近所をぶらぶらと走ることにした。
お金もかからないし、別に用意もいらない。
結構汗もかくし、腹も引っ込む。
汗まみれになったら、家に帰ってシャワーを浴びるだけである。
冬も走っている。
冬は結構タフなことになって、それはまた楽しいジョギングになる。
星の綺麗さにしみじみ感じ入るなんて、冬の夜のジョギングのなせるわざである。

2017/01◇TAMA


昨年末、年越しの買い物中に、車のキー・リモコンを失くしてしまった。

家にスペアキーがあったので、急場は何とかしのげたが、新しいリモコンを購入しなければならなくなった。
近年、流行のインテリジェント・キーというヤツだ。
印鑑ケース程度の多きさのリモコンを携帯していれば、いちいち鍵をシリンダーに差し込まなくても、鍵のロックや解除ができ、エンジンもかけられる。
イモビライザー(盗難防止装置)にも連動していて、とても便利だ。
けれどその反面、紛失すると高くつく。
「まぁ、大体20,000円ぐらいだな。
販売店の年内営業は終わってるから、年明けの注文になるぞ」
中古車屋を営む弟は呆れ顔でそう言った。
新年早々、手痛い出費だが、仕方がない。
キー・リモコンと一緒に1年の厄払いができたのだ、と思おう。

あ、でもそれって去年の厄? 今年の厄?


2017/01◇久里


明けましておめでとうございます。
1月3日生まれなので、年頭早々に
満85歳となりました。平均年齢?

今年の抱負は「久里のほん」3集目の出版? haha…
小説3篇溜まったからには、ね。

2017/01◇ひよし


すごいタイトルの小説がもうすぐ発売される。

ちょっと本当にすごいので、タイトルの発表は控えます。
新春にふさわしくない、生々しいタイトルである。
道内の同人誌の書き手の作品である。女性みたいだけど、詳しいことは知らないのだ。

ネットで立ち読みする機会があり、即amazonで予約した。
面白い匂いしかしない。たぶん傑作だろう。
でもどうしてこんなタイトルにしたんだろうか?
読んだら分かるのかな?

2016/12◇TAMA


やっと新しいノートパソコンを買った。
同時にプリンタも新製品を購入。
ついでに光回線を引いてネット環境も整えた。

今、我が家にはWi-Fiが飛んでいる。
あぁ、コードを気にしない生活って、何で素敵なんでしょう!
でも、通信スピードが早く快適になっでも、文章を書く能力は上がらないのだ。
当たり前か!? あはは。


2016/12◇久里


森山軍治郎さんが亡くなった。
道新のお悔やみ欄で見つけたと真理子から電話があり茫然自失。
新年会で軍ちゃんのイキのいい話を聞けると楽しみにしていたのに、
まさかまさか……。状差しから見つけた葉書を紹介しよう。日付は26.11.5だ。

「帯広の病院で放射線をやり、10月29日に退院しました。見た目にはガンが消えたようです。
入院中の土日には十勝のいろんなところを旅行し、森を歩いたり、沼でカヌーをやったり、
初めてばんえい競馬をやったり、うまいものを食べて飲んでいました。
放射線照射は何の苦痛もなく、一歩病院を出ると、普通の人よりも元気な病人でした。
ご心配をおかけしました。『昴12号』ありがとうございました。」

然別温泉の風水、『天の川』を写した絵葉書だ。
夜空いっぱいに星が降り、木々に流れ落ちる天の川が白白と闇を照らしている。
軍ちゃんの星はどこで輝いているのだろう。

まだまだ早すぎる御逝去をいたみ、ご生前の御恩に感謝し、万感の思いをこめて
奥様にお悔やみ状を送った。 合掌

2016/12◇ひよし


裸で眠ることにはたくさんのメリットがあるらしい。
ここでは面倒臭いので挙げないが、
調べたら色々出てくる。
ざっくり言うと、体温調整がスムーズに行われ、ホルモンが分泌され、健康に良い、ということだ。
ぼくも実はここ数か月全裸を試している。
もう試しているという期間ではなくなったが、正直やめられなくなった、というところである。
ぼくの一番気に入っている効用は、
全裸になって布団に入ると、なんだかワクワクする!である。
なんとなく分かりますよね?ワクワクする感じ。ね?


2016/11◇TAMA


日本ハムファイターズが広島との激闘を制し、
念願の日本一に輝きました!!
初戦から2連敗した時は
「やっぱり『神ってる』広島には勝てないのかぁ……」
との諦めムードも漂いましたが、
その後まさかの4連勝で逆転優勝!!
振り返ってみれば、11.5ゲーム差を覆したリーグ優勝も、
逆転で勝った日本シリーズでの優勝も、
『神ってる』のはファイターズの方。
栗山監督の評価も鰻登りです。
来シーズンは連覇をかけての戦いですね。
「10連覇を目指します!」と栗さんは力強く言ったけど、
巨人でも成し得なかった偉業を達成し、
「巨人の時代は終わった!」
とナベツネに引導を渡してくださいまし!
あ、10年も生きてないか!?(笑)
優勝パレードは、11月20日(日)の午前10時30分から。
今まで行ったことなかったけど、
今回は初めて、栗さんと大谷君目当てで行ってみようと思います!

2016/11◇ひよし


たまに「プロシキ」という単語にぶつかることがある。物騒な時代だ。
よく「ピロシキ」と聞き間違ったりするが、あんまり変わらないのでそれでオーケーだ。
プロシキの意味は「代行」である。
ピロシキの意味も「主食の代行」だから、完全に一致。

訂正)プロシキでもなくってプロキシ(Proxy)であることが判明。 ファイターズおめでとうございます!!!
2016/10◇TAMA


先日、久々にJRに乗った。 車内は空いていたが、ほんの二駅なので、つり革につかまっていた。
すると、目の前の座席の上品な老女が声を掛けて来た。

「ここ、空いてますからどうぞ座ってください」

彼女はゆったりと座っていたスペースを少し詰めて、わざわざ席を空けてくれたのだ。
ところが、よく見るとそこは優先席!
「あ、ありがとうございます。でも、大丈夫です。直ぐに降りますから」
混乱する頭で、何とかそう答えた。
老女は「でも……」と言いかけ、心配そうな眼差しで私を見ている。

私は居た堪れず、その場を離れて出入り口付近にずれた。
外の景色に目をやりながら、今起こったことを思い返す。

そう言えば、30代半ばにも同じようなことがあった。
買物帰りのバスの中で、小学4年くらいの少女に席を譲られたのだ。
おそらく、ジャンパースカートを着たふっくら体型の私を妊婦だと思ったのだろう。
もちろん妊娠などしていなかったが、断れば勇気を出して声を掛けてくれた少女を傷つけてしまうと思い、甘んじて受けたのだった。

でも、あの時と違って今は既に五十路の私。
年月と共にふくよかさは増大し、妊婦というより力士の域に達している。
けれど、年配女性が年下女に席を譲ろうとする理由は、どう考えてもひとつしか思い浮かばない。
子を産めるような若さに見られたと喜ぶべきか。
いやいや、臨月まがいの贅肉をおおいに反省すべきだろう。
そろそろジム通いを再開しなくっちゃ。

膝が悲鳴をあげる前に、ね。


2016/10◇ひよし


今回の小説は「ポメラ」で書いた。
ポメラ最高!
ネットに繋がっていないので、
その間、エロ動画やエロ画像に集中力を乱される心配がなく、
ひたすら文章を書くしかない。
おい、そこのお前、ポメラにしろ!絶対書けるから。


2016/9◇TAMA


5月の末から始まったプールも、
この9月10日で今シーズンの営業を終える。
始まった頃は「長いなぁ〜」と思っていたが、
ここまで来るとあっという間だったように感じる。

まぁ、時間の流れなんてそんなものか。 水が怖くて泣いていた4歳の男の子が、
最近では浮き輪で楽しそうに遊ぶようになった事。
水泳教室に休まず通って来た小5の女の子が足に怪我をし、
レッスン最終日を欠席して皆勤賞を逃した事。
週1で泳ぎに来ていた30代のカップルが、
ここひと月ぐらい男性の方しか来なくなった事。
約3ヶ月半の間には、他にも色々な出来事があった。
この大切なネタ達は私の記憶の中で熟成し、
いつか小説や随筆の一部として現れてくれるかも知れない。

あぁ〜、夏が終わっちゃうなぁ。

2016/9◇ひよし


女性のお尻は山のように見える時がある。
顔が隠れている時は、より山に近い。
なぜなら、
山を登って(向こう側に回って)景色(顔)を見たくなるからだ。
つまり女性のお尻は山だ。

だから登山の好きな男は、女性のお尻も好きだ。

という強引な帰納法を発見したが、・・・・・・いかが?


2016/8◇TAMA


7月31日の午後7時、
元横綱・千代の富士が亡くなったとネットの速報が入った。
膵臓癌だったと言う。
まだ61歳の若さだった。

言わずと知れた昭和最後の大横綱である。
力士としては183cmと小兵ながら、
多くの力士のようなぽってりとしたアンコ型の体型ではなく、
筋肉質の引き締まった強靭な肉体。
気性の激しさを前面に出して速攻で相手を引き寄せ、
力任せに投げ倒す。
眼光鋭く相手を見据えるその姿は、
ウルフと言うニックネームそのものだった。
肩の脱臼が癖になり、度々怪我に泣かされたが、
通算勝利数は歴代2位を誇る1045勝。
怪我をしても、
我が子を突然死で亡くしても土俵に上がり続け、
不屈の精神で掴み取った勝星である。

「体力の限界、気力も無くなり……」
引退会見で見せた勇猛果敢な男の涙に、
私もしゃくり上げて泣いたのを昨日の事の様に覚えている。

北の湖が亡くなり、今度は千代も鬼籍に入ってしまった。
あの熱かった昭和の相撲は、遠い昔話になってしまうのだろうか。
平成の日本人横綱の誕生を見せてあげたかったと思うのは、
きっと私だけでは無いだろう。


2016/8◇ひよし


エロは動画よりも文章がいいと思っている僕ですが、
皆さん、
いかがお過ごしでしょうか?
動画にエロを感じないのは、
受け身に徹して、鑑賞中、
想像力が作動しないからなんだと思ってます。

ですよね?

話題の「伯爵夫人」読みたいわー。


2016/7◇TAMA


6月は雨や曇りの日が続いて肌寒く、
プールは連日暇だった。

ある日、いつものように管理室で業務日誌を書いていると、
目の端をひらひらと白っぽいものが横切った。
見ると、それは体調5cmほどの蛾だった。
胴の部分が蚕蛾のようにふっくらと太く、
ベージュ色の翅をバタつかせながら窓硝子の向こう側を旋回していた。
嫌だなぁ……。
虫嫌いの私は直ぐに目を逸らし、日誌の続きを書き出した。

半日ほどして、何気なく窓に目をやると、
あの蛾が硝子の外側にじっと停まっていた。
よく見ると、太い胴の下部から卵が4つ産まれていた。

夜9時にプールを閉める時も、
その蛾はじっと硝子に停まって動かなかった。
卵は8つに増えていた。

翌朝、出勤すると、蛾は昨夜と同じ姿でそこに停まっていた。
まだ産み続けているのだろうか。
卵の数は昨夜より増えているようだが、
注視したくない私は業務日誌に目を落とした。

暫くすると、また目の端を白い物が横切った。
窓硝子をみると、そこに蛾の姿はなく小さな卵が残されていた。
トビッコの粒大のものが、14個。
全く迷惑な話だ。よりによってこんな所に産み付けるなんて。
今のうちに処分しなくちゃ!
私は炉箒を持って外へ向かった。

扉を開けると、さっきの蛾がドアの陰でのたうち回っていた。
バタバタと翅を動かすその動きは弱々しく、やがて動かなくなってしまった。
長い1日がかりの産卵は、命がけの仕事だったのだ。

あれから5日。
硝子に産み付けられた卵に大きな変化はない。
どんな幼虫が出てくるのか気になるのは、怖いもの見たさというヤツか。

その日までには、私も原稿をあげなくちゃ。ね。

2016/7◇ひよし


レイモンドカーヴァーについて書いた村上春樹の文章が、好きである。
文章から余裕を感じるのだ。
喩えるなら、質素だが、日当たりの良い、落ち着いた部屋。
というイメージである。
当然、そんな文章を読んだ後には、温もりを欲して、村上春樹訳のカーヴァーが読みたくなる。
で、手に取る。

ところがである。
スコットフィッツジェラルドについて書いた村上春樹の文章には、そのような効果がない。
「グレートギャツビー」を読み直そうとか、思わない。
なんだかやけに肩苦しい口調で語る、村上春樹の異変が気になる。
喩えるなら、来賓のために室内装飾を頑張りすぎた華美な部屋。
というイメージの文章である。

そんなことを、考えながら、ジョギングをした。


2016/6◇TAMA


今年もプール管理の仕事が始まった。
6月間近となった辺りから肌寒い日が続いているというのに、私の周りだけ『夏、強制スタート!』という状態だ。
でも、どうにも気持ちがついて行かない。
寒すぎるのだ!

私が勤務するプールは、鉄骨の枠組みをビニールテントで覆っただけの簡易的な建物だ。
一応、温水プールなので水温は常に28〜30℃。
水温は一定しているが、プールサイドは薄いテントに仕切られているだけなので、外気温にモロに影響を受ける。
太陽が燦々と降り注ぐ暑い日にはプールサイドは40℃を超えるが、反対に気温10℃ちょっとの肌寒い日にはプールサイドも20℃以下となり、室温より水温の方が高い状況となる。
すると、面白い現象が見られる。
プールサイドが真っ白な霧に覆われるのだ。
川霧ならぬ、プール霧である。

このプール霧、現象としては面白いが安全管理的には視界不良で困るため、大型石油ストーブを焚いて室温を上げるのだ。
利用者は体力作りとか健康維持の為に泳ぎに来るのだろうが、こんな寒い時期からわざわざストーブを焚いてまで泳ぐなんて、どうなんだろう。
まぁ、これも戴いてるお仕事だから文句を言うつもりは無いんですけどね。

ストーブが要らない暖かい日々が早く訪れて欲しいと願うばかりである。



2016/6◇ひよし


尾崎翠の「第七官界彷徨」を読んだら、
ぼくも感情豊かな文章を書きたいよーと思った。
作中、主人公のセリフがほとんど出てこないが、
地の文に感情のツタが見事に絡まり、描写に色付けをしていくので、
セリフを使う必要がないのだろう。

いやーかっこいいわ、翠さん!


2016/5◇TAMA


『シビル・ウォー』と言う映像を観た。
アイアンマンやキャプテンアメリカ、スパイダーマンといったアメコミのヒーロー達が集結して戦いを繰り広げるアクションものだが、これが観たかったというより、4DXを体験するのが1番の目的だった。

4DXとは、シートが動いたり振動したり、水しぶきや風が吹き付けて来るなど、映画のシーンに合わせて様々な演出効果が施される劇場のこと。
その上、3D映像なので全てが立体的に見える。確かにど迫力で臨場感たっぷりだった。

しかし、この映画のヒーロー達は初めから終わりまでずっと戦い続けていたので、シートは動きっぱなし。 その上3D。
上映が終わってホッとした途端、軽い頭痛と吐き気を感じた。
乗り物酔いだ!

映画は楽しかったが、私にはちょっと刺激が強すぎたようだ。
次回は、ぜひファンタジーな作品で4DX3Dを鑑賞したいものである。



2016/5◇波津


マエケンさんがなくなった。ネットニュースの字面だけを観て、テレビドラマ『暴れん坊将軍』で活躍し、歌の世界でも『マツケン・サンバ』で舞台を飾ったマツケンさんかと驚きました。若い俳優さんや芸人さんは、ほとんど知りませんので、勘違いしたのです。みなさんは、ひとの名前を思い出せますか。

「ここまで出掛かってるんだけど、えーと、えーと」が家内ともども、多くなりました。テレビでトークの司会をしている関口宏さんを観て、「奥さんは『アカシヤの雨がやむとき』を歌った西田佐知子さんだけど。えーと、これだもねえ」の挙句、関口さんのお父さんまで欲張り、銀幕のスター佐野周二に到達しました。

他のお父さんたちを辿る、記憶の体操をしてみましょう。堺正章さんは、A。田村正和さんは、B。中井貴一さんは、C。北小路欣也さんは、D。ルビーの指輪を歌った寺尾聡さんは、E。この辺で一応ひと区切りして、中高年のみなさんが、ひとつでもスパッと正解すれば、ハナマルだと思いますけど。

Aは、喜劇役者の堺駿二さん。Bは、坂妻さんこと、坂東妻三郎さん。Cは、『君の名は』で一躍有名になった佐田啓二さん。Dは、『旗本退屈男』を演じた市川右太衛門さん。Eは、重厚な演技をした宇野重吉さん。名を辿ると、昭和が遠くなったなと感じます。爽やかな五月晴れが続きますように。



2016/5◇ひよし


暗闇の中で働くこと、3年。 この春、まぶしい陽の下に出ることになりました。 空気が違いますね。 清々しい。 肺がきれいになったような気がします。 ああ、 出てよかった。


2016/4◇TAMA


ものの弾みというか、勢い余ってというか、
とうとうガラケーをスマホに替えてしまった!

愛用の iPad mini が4月に契約更新時期を迎えるので、
解約すべきか、新機種に変えるか、ちょっと相談のつもりでお店に立ち寄ったのだ。
あれこれ話を聞いているうち、料金のシミュレーションが始まった。

「お客様、今の携帯電話はもう8年もお使いなんですね。
ポイントもかなり貯まってますから、結構な金額が割引になりますよ!」

店員にそう言われ、ついつい気持ちが iPhone に傾き、
『割引』という言葉に背中を押されてしまったのだ。

30分後、私はピカピカの iPhone 6s を手にしていた。
帰りにケースと画面保護フィルムも買い、ストラップまで新調。
まるで新しいおもちゃを手にした子供のようにワクワクと浮かれていた。

が、その3日後、新型iPhoneの発売がネットのニュースが‼︎
おいおい、このタイミングかよ!
ちょっとがっかりしたが、
それよりスマホを使いこなせるかどうかの方が問題だった。
どう頑張っても文字が打ちにくく、イライラするのである!
iPad miniを使っていたのが仇になっているらしい。
スマホからガラケーに戻す人も多いと聞いたことがあるが、
こうした理由なのかも知れない。

という訳で、皆さん。
私から誤字脱字の多いメールが届いても、どうか許してください!
まだまだ暫くは、慣れるのに時間がかかると思うので(笑)




2016/4◇波津


また、目の話です。溢れる雫涙は、何処に流れる。ななナンと、鼻の管を通って、喉に注ぐのが常とか。蚊の針のような細い管を目頭から刺し込み、液体を注入すると鼻梁の裾に流れを感じます。呑んでくださいの指示に従い、ゴクン。「涙を呑む」という言葉を、涙を呑んで実感しました。手術とは、無念なりと思いつつ。
涙目の手術をしたのは、昨年の暮れでした。術後は、何度か針を通しました。針の中は順調に流れるのに、零れが止まりません。頬が涙の溝となり、テイッシュペーパーで拭き取られ、クズ篭は涙紙の山です。加齢の病かと半ば諦めていましたが、一応診察を受けると「結膜緩和症」ぶよぶよ膜が邪魔者ですと、一刀両断。
「痛くない手術ですよ。片目5分で簡単です」渋々うなずき同意書を書かされ、たるみは炭酸ガスレーザーとかで焼かれました。確かに片目5分程度の手術時間。しかし、ジージーと焼ける音が耳に入るし、臭いはするし、煙も見えました。「痛くない」は嘘で、手術中に多少の痛みは感じます。尾は引きませんが。
焼かれたのは、3月18日です。まだ、はっきりしません。25日、潤んだ瞳を拡大画像で見せてもらいました。たるみの焼け跡に、茶色の焦げ目が残っているではありませんか。焼きすぎの目玉焼きなんて、洒落にもなりません。溢れる涙は、冬との別れ涙か、春を迎えるうれし涙か。焼け跡には、目薬を放水中です。



2016/4◇ひよし


マスターズ開幕。

松山くんは優勝できるかもしれない。
海外メディアは優勝候補に松山の名前を入れている。
日本人がマスターズの優勝予想に入るなんて史上初だ。
もしかしたら……もしかする可能性は高い。
今年じゃなくても獲れるかもしれない。

ところが日本のメディアは静かなものだ。
青木・尾崎・中島と同列に松山を扱っているように見える。
AONと松山の違いは、出場の経緯にある。
AONは日本の試合で権利を得たが、松山はアメリカの試合で得た。
つまり、日本人のくせに、外人の中に割って入り、屈強な野郎どもを押しのけ、自分の席を確保したのである。

あとは残った連中(デェイ・スコット・マキロイ・ジョンソン……)を押しのけるだけだ。

どうなるか、楽しみに見てみようじゃないか。



2016/3◇TAMA


両親と3人暮らしなのだが、
ひな祭りにはそれらしいご馳走で祝った。
ちらし寿司と、菜の花の柚子胡椒和え、蛤の潮汁。
桜餅と桃の白酒も添えた。

『穢れを払い、女の子の健やかな成長を願う祭』

もう既に純真無垢ではなく、成長し過ぎている私だが、
両親共々、健やかな1年を過ごせますようにと願う。

早く春にならないかなぁ!



2016/3◇きよし


道を歩いていると、あちらこちらで梅が咲いている。
世話になっている整形外科医院のすぐ近くに、梅林公園がある。先般、甘い香りに誘われて、園内に入った。
白梅、紅梅が入混じり、色とりどりに美しさを主張している。
実は、一昨年、70本ばかりある園内の木々の枝が、すべて切り落とされてしまった。
病気にかかって、切り落とさなければ枯れてしまうので、そういうことになったという。
それで、昨年は花どころでなかった。しかし、枝は少しずつ再生していたのだ。
そして、今年、見事に開花した。自然の治癒力、生命力に感動する。元気をもらう。
ベンチに腰掛け、自販機で買ってきたホットなお茶を飲みながら眺めていたら、メジロがやって来た。春の足音が聞こえる。

                     

2016/3◇波津


雪が解け、樹木の根開きが円を描く。
「こんにちは」小首傾げる土の香りを、胸に抱えて春を迎えたい。が、
名残雪にひとさし舞わせ、楽日を飾らせてやらねば、扇子に書いた冬の字が簡単に消えまいて。
ひと時、濡れた雪の妖艶な舞いを観ようではないか。
む? なになに。
根開きを舞台に雪が舞えば、春の訪れが遅れ、樹皮はエゾシカに食い荒らされるとな。ふむふむ。
木の年輪部分は、ほとんどが死体らしいです。
中心部周辺に向うほど、その確立が高い。シカは生きている部分を食うらしく、高齢者は身につまされます。
樹皮に似た若いエネルギーに包まれ、生かされているみたいで。中身は死体でも、千年の年輪を刻む杉もある。人間も百やそこらまで、若さに包まれた杉にあやかりたいなんて、無理?
 根開きの萌えが手招くホウホケキョ。啼くまで待てる齢でありませんが。




2016/3◇久里


大好きな ささめや ゆき 様から新刊の本が届きました。

手作りの和紙の封筒には楽しい挿絵が描いてあり、
私は大喜びで包を解きました。

中澤晶子・作 ささめやゆき・絵「こぶたものがたり」(岩崎書店)
副題は<チェルノブイリから福島へ>とあります。

チェルノブイリの少女と、福島の少女がそれぞれに可愛がっていた子豚たちが
原発事故地に置き去りになる悲話です。

ウクライナのまるまる、日本のもも、遠く離れた土地での被爆豚を
主人公にした別れの絵物語に涙ぐみながら、
いよいよ原発反対の気持ちを固めました。

折しも高浜原発再稼働差し止めが決定され、未来への火が灯されました。
この小さな明かりを守って、光の輪を広げなくちゃ……

たくさんの人たちに是非読んでもらいたい本として、ここに紹介します。 



2016/3◇ひよし


こう見えて美容室に通っています。

床屋さんでも全然構わないんですが、
悲惨な目に何度かあったことがあるので、
安全第一を最優先し、
おしゃれでしかも安い美容室を見つけて、そこに通っています。

悲惨な目を引き起こした原因は私の無口さにあるのですが、
何も言わないのをいいことに、
そこにアグラをかいて、好き放題にやり散らかす、
センスのない床屋が大嫌いです。

黙ってても、金払ってるんだから、2000円分はかっこよくしろ!
と言いたい。

2000円でそれは非常識だ、欲張り過ぎだというのなら、
せめて、
来店時と同じレベルの容姿に収めろ!と言いたい。

金払った分だけ、かっこわるくなるなんて、
いやだ!!!!!!!!!!

と、思ってる人には、
いい美容室、教えちゃいますぜ。ふふ。


2016/2◇TAMA


最近のテレビでは、ディーン・フジオカ氏が引っ張りだこだ。
現在放送中のNHK朝の連続テレビ小説『あさが来た』で、
幕末から明治にかけて大阪の近代化に尽力した五代友厚を演じ、
大ブレイクを果たした俳優である。
元来、美男子好きでは無い私だが、今回はちょっと彼に注目している。

何より、フジオカという名前。
藤岡弘、とか、藤岡琢也とか、もうひとり藤岡重慶とか、
我が藤岡族の有名どころは大概骨太でゴツい感じが多い。
(最近は藤岡みなみという女性タレントも出現している)
ところが、彼は実にスマートで今時のイケメン男子なのだ。

福島県出身でバリバリの日本人なのだが、
英語、中国語、広東語、インドネシア語など、
多彩な言語を自在に操る語学力もたいしたものだ。
中国系インドネシア人の妻との間に子供もいて、
「僕の帰る場所は彼女だと思えたんですよね」
なんて言えちゃう愛妻家ぶりも実に好印象だ。

朝ドラの出演は終わってしまったが、
今は、民放ドラマの方で深キョンと共演中!
暫くは、ディーン・フジオカ氏から目が離せない私である。



2016/2◇きよし


首都圏にも雪が降った。 久方ぶりに数センチ積もった雪にルンルンしていたら、電車が不通になり車は渋滞、と大混乱になった。 ちょっとの天候不順、事故、地震でも、すぐパニックになる東京の交通網。インフラのひ弱さに不安を感じる。 今年もテロで各地の人が被害を受けている。そして、空爆は続く。 相変わらず詐欺が横行し、殺しが日常茶飯事に報道される。 今年は申年。猿の世界は、縄張り争いはやるが、相手が降参したら手を出さない。まして、殺すことはない。 動物の中で、同種族で殺し合うのは、人間だけかも知れない。情けない、欲が深すぎるのだろうか。 ガソリンが安くなり、灯油代も下がったと喜んでいたら、産油国は大変になっている。 みんながちょうど良い、がなかなか難しい。急に、極端に、はときに物議をかもし出す。 大寒に入り、寒さが厳しくなってきた。何はともあれ「暑さ寒さも彼岸まで」という、何とか頑張ろう。 「苦あれば楽あり」を楽しみに、今年も明るく生きていきたいものである。

                     

2016/2◇波津


季語では、梅の季節。東風吹かば匂いよこせよ梅の花--。ふつうの大宰府ではそうなのでしょうが、札幌では。
東風が運んで来るのは、オホーツクの流氷便りかもしれません。温暖化も、流氷の接近まで阻止はできないでしょう。
今年の東西南北は、雪の狂い降りのようです。「雪やでぇ」「雪、降っとるっと」関西や九州からも雪便りが届きました。
関東や東海からも。テレビで観る限り、喜んでいるのは子供たちだけのようです。動物園でのパンダがもがいているのは、嬉しいからでしょうか?
パンダ語を知りませんので。
北海道では、雪祭り関係者やスキー場が喜んでいるのかもしれませんね。
寒明けにもならず、春浅しともならず、きさらぎは最後の一日付録付きの冬ごもり。溶けては凍る路面で、転倒しないよう気をつけましょう。
去年大丈夫でも、足腰の衰えは重ねる年に従順ですから。トホホ・・・、この素直さは嫌いですが。心に鞭打ちながら、逃げる月を深追いしないように心掛けるつもりです。
寒気に負けませんように。




2016/2◇ひよし


えらそう、と良く言われる。
これはつまり、
「おまえは偉くないのに……」という前提である。
先日、ぼくがいろんなところで吹聴していた仮説が、
高名な学者によって証明された。
自分の頭で考えたぼく、偉いではないか。
そして直後に行った聞き取り調査によって、だれもぼくのその仮説を覚えていないことが明らかになった。
どうやらぼくの話を聞いた人は、
「なんだかエラそうね」という感想と記憶しか残さないらしい。
いったいぼくはいつになったら、本当に偉くなれるんだろう。
そしてぼくの話の中身を聞いてもらえる日がくるのだろう。


2016/1◇TAMA


高校2年の姪っ子は、来春卒業したら東京の専門学校へ進学して、
将来は声優を目指すのだと言う。

彼女の母親である私の妹は、
「全く、夢みたいな事ばっかり言ってるのよ!
まぁ、頑なに反対して、お母さんのせいで夢を諦めた、って恨みごと言われるの嫌だから、好きにすればって言ってあるけど、どうせ挫折するに決まってる。
まぁ、痛い目にあって気づけば良いのよ!」
と、呆れ顔で言った。

そうだね。
何事も人に言われて決めるより、自分自身で体験したほうが良い。

正月2日、あるテレビ番組で、
赤平市に社屋を構える植松電機の社長・植松努氏の半生が紹介された。
井上美香さんの著書「北海道の逆襲」でも取り上げていたので、
昴の会でもご存知の方は多いだろう。
番組のコーナータイトルは「リアル下町ロケット」。
植松氏は幼い頃から紙飛行機が大好きで、
いかに遠くへ飛ばすか試行錯誤に没頭する少年だった。
やがて、将来は宇宙ロケット開発に携わりたいと思うようになる。
しかし、中学や高校の進路相談でその事を口にすると
「そんなのは、東大を出たひと握りの天才にしかできない事だ!」
と、教師たちは嘲笑うかのように言い放ったという。
「どうしてもダメなのかなぁ……」
項垂れる植松氏に、彼の母親はこういった。

「願うは招く、って言葉があるのよ。
諦めないで頑張れば、夢が叶うんじゃない?」

この言葉に励まされ、紆余曲折を経て、現在植松氏は北大の教授と共に、
従来式とは別の方法によるロケット開発プロジェクトに取り組んでいる。

実は植松氏は、私の中学・高校の1年後輩。
生徒会室に出入りして、面白おかしい無駄話に花を咲かせたこともあった。
明るくいつも笑顔で、決して出しゃばらない控えめな性格だったと記憶している。
あの少年が、今は町工場ならではの精密な技術力とユニークな発想で、
世界中の注目を集めているのだ。

既存の物差しなんて、絶対的なものでは決してない。
彼が歩んできた軌跡は、私達に改めてそう思わせてくれる。
世の中を変えてきたのは、そういう夢を諦めなかった人々なのだから。

夢みたいな事、おおいに結構じゃないか。
半世紀も生きてしまった私だって、夢は捨てずにいる。
「花菜、頑張んな!」
正月3日のお昼、遅く起きてきた姪っ子に、そう書いたお年玉袋を手渡した。
彼女は、それがどういう意味なのか理解できただろか。



2016/1◇きよし


謹賀新年

 強情者(イチャチャイ)の昴星が、ますます輝き、栄える年でありますように!

 生きとし生けるものが、幸福でありますように!

 「昴の会」第13号が、成功しますように!

                        今年もよろしくお願い申し上げます。


                     

2016/1◇波津


あけましておめでとうございます
けんこうをきがんしてさるのえま
まずはみずできよめておがみたい
しんぜんでしびれてころぶせいざ
てかげんなしのばつはようかいご
おそらくみとめられないであろう
めでたいとあわてたりしないこと
でもあろうがさけをつぎもせんで
といわれとそをすすめるながしめ
うまいとのみすぎてあおなにしお
ごめんなさいませおすすめすぎて
ざぶとんでもまくらになさいまし
いいんですかねむってこのまんま
まいどのことでしょゆめおいざけ
すまいざごうとでめおてしまけあ

しどろもどろの、折句です。
上下左右に、めでたい。
みなさまのよい年を祈願して。
本年も、よろしくお願いします。




2016/1◇ひよし


先日のことです。
ソープランドから出てきた客を目撃しました。
すごく冷え込んだ寒い日だったのですが、
その人はほっかほかの様子で、
おそらく身も心も燃えたぎったのでしょう、
全身から白い湯気をもうもうと立てながらタクシーに乗りました。
スーパーサイヤ人みたいでした。
本年もよろしくお願いします。


2015/12◇TAMA


先日、健康診断を受けに行ったら、
出口の近くに『血管年齢測定』というコーナーが設けられていた。
無料で受けられるというので、早速、測定をお願いした。

診断結果は、何とまさかの『32歳』‼︎

今年、五十路に突入し、何となく気持ちが枯れかかっていた私。
しかし、この思わぬ結果にすっかり気を良くし、
まだまだイケる気分になって来ちゃったのだ!

血管が32歳なんだから、
全然使っていない脳細胞なんて高校生のままなんじゃないか⁉
……まぁ、そんな訳はないが、
その気になれば自己暗示にかかって、脳も活性化しちゃって、
「ほら、あれ、あの人。名前、何だっけ?」
って事も無くなるかも知れないのだ。

血管年齢 32 歳。
来年はこのキャッチコピーで、方々へ売り込むことにしよう!



2015/12◇きよし


 冬になって雪が降りはじめると、いつも思い出す歌がある。

 昭和30年初め、北海道の木材の町で、私たちが住んでいた町営住宅から、裏山のスキー場の全景が見えた。
 中学3年の冬、町のスキー大会が終わった次の日曜日、スキーをかついでコースを登ってみた。
 想像を絶する急勾配で、スキーをかついだまま、中腹まですごすご下りて、そこからシュテムボーゲンで危なげに滑った。
家へ戻ると、一部始終をベランダから見ていた父が「せっかく頂上へ行ったのに、どうして滑らなかった?」と、聞いた。
私は「どうしようと、勝手でしょう」開き直った。そんなやり取りをするうちに、感情が抑えきれず、ついに「あやまれ!」逆上してしまった。
父は何も言わず、寂しそうな顔をしていた。
夕方、父が「銭湯へ一緒に行くか」声をかけたので、「ウン」と、父の後を追った。
風呂から上り、手ぬぐいをぶら下げ、父の後についた。外は真っ暗で、雪が降っていた。
父が歌を口ずさみ始めた。「雪の降る街を 雪の降る街を、想い出だけが 通りすぎてゆく」ラジオでなじみ、私も大好きな歌。
父の右側へ並んで、一緒に歌った。「この想い出を この想い出を、いつの日か包まん、温かき幸せの ほほえみ」何度も合唱した。
 坂道を上り、家の灯りがみえてくると、手ぬぐいは凍ってカチカチの板になっていた。
 雪をながめ、この歌で父の面影を懐かしむ。


                     

2015/12◇波津


マイナンバーが届きました。4桁が3つで、ドカ雪より重いです。「申請してね、個人番号カード」優しいのは、そこまで。カード申請の手続きは、写真なども含め面倒のようです。「おおよそは、同封の通知カードで間に合いますよ」としてくれたほうが、よほど優しいお知らせになるのに、と、多くの後期高齢者仲間が申しておりました。同感です。
この制度にもすでに、魔の手が伸びているようです。マイナンバー詐欺とか。悲劇がおきないよう祈ります。路上で転倒したら、救急車が駆けつける。緊急処理機に、通知ナンバーを入力する。モニターの情報で、全て流れるように処理される。病院、葬儀屋、墓場までということになれば、常に携帯することにします。仲間はそう申しておりませんでしたが、私は。
西向く士(さむらい)で数える小さな月が全て去り、今年最後の大きな月を向かえました。大小いろいろ品揃えした1年の出来事に、句読点が接近中です。年を超えれば「申」だと猿が威嚇しますので、羊は小さくなって去ることでしょう。この1年、お世話になりました。少し早いですが、除夜の鐘が鳴るまで我慢して、よい年をお迎えください。



2015/12◇nono


●運がつくかも知れない話
テレビから流れる宝くじのコマーシャルを見るにつけ、大当りしたその瞬間から、人生が一変するんだろうなぁと想像してみる。でもそれはそれで怖い気もするのだが。
三年前の夏のことだ。買物に行った先の大型店で思わぬ拾い物をした。
それは、キッチンペーパーに包まれて丸まって落ちていた。ゴミだと思い掴むと、『うにゅん』と妙な感触。そっと包みを広げてみると、中にうんち君が鎮座していた。
「えっ、なんで?」
そうだ、この階にはペットショップがあるんだった。トリミングをしてもらうために、犬を連れた客をよく見かける。するとこれは犬のフンか。面白くもない気持ちで手荒くゴミ箱へ捨てた。その顚末を友人に話すと、
「運がついたかもよ。宝くじ買ってみたら」
と明るいお答え。
そんなばかなと私は笑い飛ばした。
だが、しかし。宝くじ売り場の前で友人の言葉が頭を過ぎり、足が止まってしまった。
「一枚百円かぁ」
否定しつつも疑惑に負けて、十枚買ってみた。なんとそれが当たってしまったのだ。
『千円』
うひゃあ、とばかりにすぐ友人に報告した。
「ほらね。信じることが大事なのよ。良かったじゃない。当たって」
そうか信じることが大事なのか。なるほどね。彼女のポジティブな所を見習わなくちゃ、と心密かに誓った私だった。
あれから宝くじは買っていない。
三年分の運が溜まっていると信じて、買ってみようかなぁ。年末ジャンボ。



2015/12◇ひよし


北日本文学賞を獲る!
と決めてもう5年くらい経つ。
毎年応募しているが、
獲れる気配はない。
全然ない。

そして今年はとうとう出すのを忘れた。

でも名前があるんじゃないかと思って
つい確かめにいってしまう。
あるわけないけど。

えっ、・・・・・・あった!!

あったぞ。




「波津さん」の名前が!
2015/11◇TAMA


今月で1歳なる姪がいる。
待望の女の子だった彼女は、今、弟家族の中心として絶大な存在感を放っている。
しかし、残念な事に、姪はあまり可愛い容姿をしていないのだ。
目はつぶらで、鼻はこじんまりとしてツンと上を向き、口はふっくらおちょぼ口。
こうして眺めると、一つひとつのパーツは悪く無いのだが、その配置にやや難がある。
失敗した福笑いのように、どこかアンバランスなのだ。
特に眉毛が凛々しすぎて、
「あら、元気そうな男の子ですね」と言われたこともあるらしい。

そんな不憫な娘でも、親は「かわいい!」と思うようだ。
「ののちゃん、かわいいねぇ!」なんて言いながら抱っこしている弟を見るたび、
(おいおい、もっと客観的に見ろよ!どう見たって横のぬいぐるみの方がかわいいだろう?)
と突っ込みを入れたい私だが、そこはグッとこらえて遠巻きに見ている。
弟も嫁も、かなりの親バカだ。

しかし、長い目で見ればそれも必要悪なのかも知れないと思う。
姪はこの先、幼稚園、小中学校、高校と成長する中で、
世の中における本来の自分のポジションを知ることとなるだろう。
「私ってブスだったのね」
と全てを悟った時、世界中でたった2人だけでもかわいいと言ってくれる存在があることは、彼女の大きな支えになるに違いないのだ。

頑張れ、ののか。女は愛嬌だ。
お前にそっくりな親を恨んだりせずに、力強く生きていくんだよ!
伯母ちゃんだって頑張ってるんだから。



2015/11◇きよし


秋の夕陽を浴びながらいつものウオーキングコースを進み、林と田園風景の秋の陽公園へ着いた。雑木林をバックに、野原が広がり田んぼがある。その横を道路に沿って小川が流れている。武蔵野を再現したというこの風景が好きで、小川のほとりのベンチに座る。
幼児が数人、ザリガニ獲りに興じている。その様子を母親たちが見守っている。目の前を流れる小川を見ていると、ふと方丈記の一節を思い出した。

「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。…… 」

若かりし頃、電機メーカの営業を担当していた私は、毎日のように顧客の接待やら、社内の人間関係を深めるためと銘打って飲み歩き、タクシーで午前さまの帰還となった。会社の売上高と土地の値段は右肩上がりに上がっていくものと信じ込んでいた。休みには子供たちと夫婦四人で、よく海へ行った。疲れを知らずよく働いた、懐かしい良き時代であった。
そんな高度成長の日本に、嵐がやってきた。泡(バブル)がはじけた。企業の倒産が相次ぎ、銀行までがおかしくなった。リストラ、給与カットとなりふり構わず、企業は生き残りをかけた。右肩下がりの、低迷時代が到来した。その長い暗闇の中で、私は営業部を任され、そして、関連会社の経営を担って、苦悩の中をのたうちまわった。

人生の流れがこんなに速いものとは思わなかった。やっと一息つくと、あの頑強だった体は、あちこちガタがきて修理しながらやっと耐えている。私の一生は西の山際に沈もうと、近づいている。もう、これまでの行為を反省しても仕方ない。愚痴を言うのはよそう。
鴨長明の言葉からいろいろ考えさせられる。仏教でいう三途の川に向かおうとしている今は、その準備をしなければならない。ブッダは「何事においても、執着心をもってはならない」と教えてくれる。しかし、欲のかたまりのような私には、なかなかそれができない。まずは、欲をこじらせないように努力して、執着を手放すことを意識する、そこから始めてみよう。そう己に言い含めながら、「南無阿弥陀仏」の念仏を三度唱えてみた。
ベンチでの一休みが長くなってしまった。西空に低くなった真っ赤な太陽を拝し、幼子たちに手を振りながら、わが家へ向かった。
   

                     

2015/11◇波津


色づいた葉が、路面を舞う。木枯らしに吹き飛ばされまいと助けを求め、塀の隅で抱き合っている。ナナカマドの赤は、雪の帽子を被るまで頑張ろうねと囁き合っている。山頂を白くした手稲山が唇を絞って、冷たい風をヒューと吹きつけてくる。この季節に、口笛は似合わないけど。歩く人影は繊細な黒を捨て、長く伸び色あせてゆく。
三角のてっぺんを鋭角にする足長おじさんは、頭から薄れグッドバイと去った。アバヨだったかもしれない。気の早い電灯は、ほっぺたを赤く膨らませている。背中を丸めたおばあさんは、買い物を終えた帰りか。長ネギの青い部分を覗かせて、手押し車を急がせている。晩秋は、もの悲しさを運んでくるらしい。両手の指をからませ、恋人握りを口元に近づける。開いた隙間に息を送る。ほんのり温まった手のひらに闇が迫り、温もりを消す。
うちの女房さんが、口を尖らせる。「雪虫が飛んでいた」と。山の初冠雪は、すぎたから当然。中途半端は敬遠したいが、来るものは拒めない。寒いとセーターを着たら、脱げと命令する翌日の暖かさ。雨の予報が、雪とか雹。パチンコ玉の子分か、お前。当たると、痛いよ。寒さを、陽射しが誤魔化したりして。じれったいったら、ありやしない。早くナナカマドに、白い帽子を被せてやれよ! いらいらして、おこりたくなってくる。
日活映画『うちの女房にゃ髭がある』の挿入歌に、こんなのがありました。(抜粋)
2
どこで 何しているかしら
何か悲しい 日暮れどき
想うは 貴方のことばかり
ああ それなのに それなのに
ねぇ おこるのは おこるのは
あたりまえでしょう

4 
夜更けに 聞こえる足の音
耳をすませば 胸が鳴る
帰って来たかと 立ち上がる
ああ れなのに それなのに
ねぇ おこるのは おこるのは
あたりまえでしょう
この歌をご存知の方は、人生に相当年季がお入り遊ばしてい――? 二・二六事件の起きた昭和11年発売のレコードですから。年季が入れば入るほど、発売年と同じ11という数字の月は、寂しさを増す。ほんとうの気持ちは、もっと複雑かもしれませんが。一方では、Xマスや御節の商戦たけなわ。一方では、マンションが傾く悪徳商法? 何が何やら分からない。ああ それなのに それなのに (時は、衰えを応援する。ちくしょうっ!) ねぇ おこるのは おこるのは あたりまえでしょう。なるほどね――。



2015/11◇ひよし


スラムドッグ$ミリオネアを観た。
140分くらいあるはずだけど、
あっという間に終わってしまった。

退屈する暇がない、
傑作でした。

最後のオチは気がついてしまったけれど、
きちんとした伏線の回収が用意されていたということで、
それさえも心地よく感じてしまいました。

☆☆☆☆☆五つ!(満点)

1
2015/10◇TAMA



シルバーウィークに、京都と神戸へ行って来ました。

銀閣寺、八坂神社、上賀茂神社に下鴨神社、伏見稲荷大社に貴船神社……。
京都最古の禅寺・建仁寺で見た天井の双竜図は圧巻でした!
祇園をぶらぶら散歩してお茶屋さんの風情を眺めたり、
哲学の道を歩いたり、鴨川のほとりでぼーっとしたり。
短大の研修旅行以来、30年ぶりの古都を満喫して来ました。

それにしても、何処もかしこも観光客でいっぱい!
日本人もいるけれど、いろんな国々からのお客様が目立ちました。
さすがは、世界一の人気観光地ですね!

で、神戸では佐渡裕さんが指揮をするクラシック音楽を聴いて来ました。
ちょうど阪神淡路大震災の復興チャリティコンサートがあったのです。
ストラビンスキーの『春の祭典』を生で聴いて、結構震えました!

せっかくなので芦屋の美術博物館で開催中の浮世絵展も眺めてきました。
美人画と言っても、時代によって描き方が違うものなんですね。
当時人気の遊女三人を描いた『三美人』なんて絵もありましたが、
三人とも面長の流し目でおちょぼ口、髪型だって流行の同じ形。
一体何処に違いがあるのか、ちっともわかりません。
あだち充の漫画見たい!って言ったら叱られますかね?(笑)

大人になって訪ねた京都は、思いのほか素敵でした。
ただ、ひたすら歩いて足はパンパン!(笑)
しかも、伏見稲荷と芦屋の美術博物館で合計10箇所も虫に刺され、
赤く腫れ上がって大変でした。

神戸牛に貴船の川床料理、東華菜館の中華、鱧料理……。
美味しい物もたくさん食べた旅だったのに、
どういう訳か、今、一番思い出すのは喫茶店・六曜社のドーナツ!
私って、つくづく安上がりに出来てるみたいです(笑)。




2015/10◇きよし


読書の秋がきた。「昔話と日本人の心」(河合隼雄著・岩波書店)を八年ぶりに読みなおした。札幌在住のころ、小樽のNPO「絵本・児童文学研究センター」の会員であった。そのおり、二度ほど河合隼雄さんの講演を聴き、懇親会にも同席した。当時、文化庁長官でもあったが、きさくで親しみ深い人柄に傾倒した。偉大な故人を偲びながら、ページをめくった。
うぐいすの里、飯くわぬ女、鬼が笑う、浦島太郎などと読み進み、炭焼長者に至った。

―女主人公は、最初、父のすすめる夫をむかえる。しかし、彼女は離婚を決意し、長者の嫁という地位をすてて、自分で婿をさがしに出る。やがて炭焼五郎を見つけて夫とし、ともにはたらいて長者となる。そこにもとの夫がたずねてきて、下男として迎えられる。
―女房の一生懸命につくそうとする態度に対して、夫はまったく高慢である。そして、麦の飯のお膳をけとばされ、彼女は「耐える」女性から「意志する」女性へと変貌する。家倉を夫に残して、自らは家出してゆくのである。彼女は「倉の神さま」の話を聞いて、炭焼五郎のことを知る。身分にとらわれずに行動して、五郎がそれと知らずに潜在させていた価値あるものを引き出し、二人は長者になる。

話はここで終わるのかと思ったら、前の夫が登場する。男はすっかり貧乏になり、それとは知らず炭焼長者の家を訪ねてくる。女房は前夫をそれとなく厚遇するが、彼は気がつかない。結局は長者の女房が自分の前の妻であったことを知らされ、恥を感じ自殺してしまう。
前夫をかわいそうに思って同居させるところが、おそらく西洋の昔話には類例を見ない特異な点と思われる。この特異性は、女性の意識の在り方を端的に示すものではなかろうか、という。

ユングによると、完全性は欠点を、悪を排除することによって達成される。これに対して全体性は、むしろ悪をさえ受け容れることによって達成される。父権的意識は、完全性を目指して、悪しきものを切り棄ててゆく。ところが、女性の意識は何物も取り入れて、全体性を目指そうとする。そして、それは内部矛盾を許容しなくてはならない。何とかして、この薄幸な男性を全体のなかに組み入れようと、日本の昔話は努力している。
唯一の自我にとらわれず、老人の意識、少年の意識、男の意識、女の意識、それらすべてをもつような全体性を提案している。完全性を追いかけてきた私は、考えさせられている。


                     

2015/10◇波津


上昇した途端に急降下する温度計は、粗悪な「ドローン」のようだ。鰯雲の季節だから、仕方ないのかもしれないけれど。上がったり下がったり、激しすぎじゃないの。寒がりヤには、けっこう堪えるんだから。程々にしてほしい。下半身だけ包まっていた寝袋も、処分してしまったし。両足で、保温器を抱きたくなる気分にさせないでくれ。

低温になると、ガラスが曇る。三本の線を引く。長太目、中くらい、細く短く。三段重ねの餅のように。下から、過去、現在、未来。が、見える。未来が長太目だと、過去は重いよと泣きわめく。わめき声は「大きくなれ大きくなれと育てられたんだから、大きくなりすぎたら消えろ」と聞こえる。恨むまい。己の過去が言うのだから。

朝の散歩は年配者にも追い抜かれ、よたよたと三十分。途中に在るホテル前に、紙袋を持つ黒服ノーネクタイの男性が居た。縁者の何回忌かを終えた帰りか。黒服は、締めるネクタイの色で慶弔に分かれる。弔で、見送るタイは黒。見送られる側は、タイに無関係の黒枠。もう黒はいらないと思っていたところに、黒が届く。表紙の大半は黄色だが。

「昴の会」十二号が、到着しました。目が開いているうちに、楽しみながら読ませていただきます。筆名と会員名は殆ど一致しませんが、名簿の変更に少し驚きました。十三号の名簿欄から、黒枠となって「ドローン」と消えないように、曇りガラスの未来を少し長めに訂正したいと思います。過去より、現在のほうが重いと泣くかもしれないけれど。

ご案内いただいた「くるみ祭り」は欠席ですが、楽しい会で盛り上がりますように。



2015/10◇ひよし


最近、巷では、右か左かということがよく話題になる。
ぼくは右も左も信用していない人間で、
訊かれたら、正直にどちらでもないと答えるが、
答えに満足してもらえない時は、
「陰謀論派だ!」
と表明する。

その瞬間、もう論者として敵視どころか相手にされないので、
便利です。

でもね、陰謀論はあるのよ。
そのうちわかるぜ。ふふふ。


2015/9◇TAMA



8月30日(日)は、プールの記録会だった。
幼稚園児から一般の社会人まで、
それぞれの目標とする泳ぎがどれ程出来ているかを認定する競技会だ。
今年は高校生や大人の参加は無く、
子供達の元気な声だけが響き渡る会となった。

幼稚園年長さんの甥っ子も、これに参加した。
種目は「ビート板キック」。
ビート板につかまって、バタ足だけで前に進む種目なのだが、
ヤツはどういう訳か時々顔を水につけてバタバタやっているのだ。
その余計な動作の所為で進むスピードは落ち、あまり前に進まない。
「何やってんだ、アイツ」
思わず私の口をついて出たひと言に、ヤツの母親が反応した。
「あの子、潜るのが好きなんで、ああやってるんだと思います」
ほほう、そう言う事か。
『好きこそものの上手なれ』と言うのだから、
この変な癖が良い方に転がる日もやって来るかも知れない。
そのうちバサロでも覚えて、颯爽と泳いでくれたら伯母ちゃんは嬉しいよ。
ヤツは周りのお母さんたちにクスクス笑われながらも、結局25mを泳ぎ切った。

会が終わると、丸めた賞状を手にヤツはバイバイと手を振って帰って行った。
上手になる道はひとつじゃない。
キミはキミのやり方で、そこへたどり着けば良いんだよ。
小走りのその背中を見送りながら、私は心の中でそう呟いていた。




2015/9◇きよし


「牛に引かれて善光寺参り」というが、細君に引かれて東京国立博物館「クレオパトラとエジプトの王妃展」へ入った。
高校時代の世界史の授業は、受験の選択科目に入っていなかったので、耳栓をして他の勉強をしていた。社会に出てからも、エジプトを訪れたことはないし、アンチグローバルな企業戦士であった。
そんな私にとっては未知の世界である。わが国が縄文時代の頃に、古代エジプトはずいぶん進歩していたのに驚きながら、歩を進めた。

「王妃ハトシエプスト」(ボストン美術館蔵)は若々しい小型の彫像である。額に聖蛇がついた長い髪の鬘(かつら)を被って、可憐で美しい女性である。
古代エジプト第18王朝時代、夫のトトメス2世が亡くなった時、トトメス3世が幼かったため、紀元前1479年頃から22年間にわたり共治王を務めた。
公的な場では男装し、あごに付け髭を付けていたという。
それから130年ほど後の18王朝時代、「アメンヘテブ3世の王妃ティイ」のレリーフ(ブリュセル王立美術館蔵)があった。
王冠を被った横顔であるが、その品格ある姿から王に大切にされたことが偲ばれる。外交においても力を発揮したといわれている。
更に70年ほど経った第19王朝時代、紀元前1279年から統治した「ラメセス2世の王妃イシスネフエルト」(ブリュセル王立美術館蔵)の像が待っていた。
額に2匹の聖蛇がつけられ、目を閉じて口元に微笑みを浮かべた優しい表情をしている。「「偉大なる王の妻」の称号をもつ、大王ラメセス2世の正妃であった。

こうした権力をもった王妃たちの歴史は、それから千年余を経て、その最後を飾るクレオパトラ女王(クレオパトラ7世)へと続いていく。
日本が弥生時代の中頃になった紀元前304年から、古代エジプト最後の王朝となったのがプトレマイオス朝であった。
紀元前51年、クレオパトラが18歳の時に父プトレマイオス12世が亡くなった。父の遺言と慣例にのっとり、弟と兄弟婚を行い、共同で王位に就いた。
それから多難な人生が始まる。
「クレオパトラ」(トリノ古代博物館蔵)の彫像は巻き髪で大きな目をして、聡明な女性であったことが想像される。
小鳥のような美しい声で、7か国語に堪能であったという。カエサルにアントニウスとローマの英雄たちと恋に落ち、アクティウムの海戦で敗れ、死を選んだ悲劇の女王である。
その人生に魅了される。わが観音さまに感謝の一日であった。

                     

2015/9◇波津


異例な暑さが去り、突然の災難を運ぶ救急車の叫びが減ってきました。
灼熱の太陽は、北海道の夏を見捨てたのでしょうか。熱中症が、コスモスに化けたのかもしれません。涼しさを通り越し、朝夕は肌に寒くなりました。
ぼーっとした頭が、冷気ですっきりしたかといえばそうではない。
「目から鼻に抜ける」という慣用句は、物事を理解するのが素早いこと。
ま、一を聞いて十を知る類だと思いますが、凡庸には無縁。賢さも無く、ぼけて潤むのは目です。
わずかな風に当たっても、涙がでる。数年前から、防風眼鏡で誤魔化してきました。ハンカチで拭いたりして。
白内障手術のとき悩みを打ち明けると、「そのうちに」ということでした。
そのうちにが24日に実行され、目から鼻に管を通したのです。見たわけではありませんが、コンマ、00・?ミリとかの極細管でしょう。
貫通時は快適ではなく、少し痛い。涙が「目から鼻に抜ける」など初めて知り、数ヵ月後にその管を抜くらしく驚きです。
28日に、術後検査。通した管の、状況確認のようでした。塩水を目に流し込むと、鼻を通過して喉に至ります。
「経過は、良好なようです」までよかったのですが「次回の検査で不十分な部分があれば、次の手を考えましょう」
おいおい、そんなのアリかよ。という気分でした。とりあえず、まだ不完全なようです。哀しくもないのに、涙が出ます。
大雨のあとの水びたしが、管を通って、すーと引くようにはいかないようです。哀しくもないのに、目が潤みっぱなしで8月は終わりか。
涙の滞在中に、『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子・幻冬舎文庫)に出会いました。
小5の眉目秀麗な娘キクりん(喜久子)は、濃厚な肉体の母親を肉子ちゃん(本名は菊子)と呼びます。
母子ともに名が「キクコ」って怪しい。でしょう。笑いすぎながら、泣けます。この涙は、涙目によるものではありません。

老いのせいで鈍感になると思いきや、寒暖には敏感です。朝昼晩、1日に3回は着替えしています。
秋は、氾濫する憂鬱な季節の前兆。雪の訪れを楽しめと言われても、無理です。担当の方々のご苦労の結晶。
同人誌『昴の会』12号の配本を鶴首して待ちながら、季節を忘れます。冷気に敏感でない方も、風邪など引きませんように。



2015/9◇ひよし


若者のデモを見ていると、メッセージの正しさよりも、
その情熱に感心してしまいます。
ぼくはそもそも集団行動が苦手な人間で、
一緒になって声を張り上げている姿とかが想像できない。
だからデモ隊の本質になにがあるのかは、自分の頭で推測するしかないが、
おそらく彼らを一致団結させている核なるものは、
漠然とした不満なのではないかと考える。
そしてそれは明瞭な形を持たない、曖昧さと、得体のしれないところが生命線で、
その正体を突き止めることを停止し、先延ばしすることによって、
見えない力を集積し、感染したらしめているのではないかと思う。
大事なのは矛先で、
はっきりとした敵の姿が設定されることこそが本望で、
発動の原基となった各々の内なる対象はむしろ透明性を得たほうが望ましいのだ。
彼らのメッセージを耳にすると、
ぼくは揺さぶられる。
年をとり、冷めたぼくのなかの、いつ吹き出すともしれない漠然とした不満が共鳴したがっているからだ。


2015/8◇TAMA



土用の丑の日に張り込んでコンビニの鰻重を食べたのに、
その翌々日にダウンしてしまった。

真夜中にふぅっと目が覚め、布団の中でうつらうつらしていたら、
突然、もの凄い目眩に襲われた。
まるでベッドが高速で横回転しているかのようなグルグル状態!
翌朝も軽い目眩が残り、頭が重くて吐き気がおさまらない。
熱もなく、血圧も正常なのに、どうしたことだろう。
病院に行けば良いのだろうが、運悪くその日は日曜日。
仕方無く、一日中ベッドで過ごし、安静にしていた。
吐き気で何も食べられないので、ポカリスエットをちびちび飲み、
栄養ドリンクで滋養をつけた。
お陰で症状は徐々に回復し、
夜には冷麦をさらっと頂ける程になっていた。

翌朝、目眩はすっかり無くなり、仕事にも支障は無かった。
昼ごろまで様子を見て、
目眩が再発するようなら病院へ行こうかと思っていたが、
どうやら、もう大丈夫なようだった。

「それって、かくれ熱中症ってヤツじゃないですか?
怖いんですよ! こまめに水分補給しておかないと」
同僚にそう言われ、なるほどと納得した。
あれが熱中症なのか。
寝ている時に起こるなんて驚きだ。
運良く、あの程度の軽症で済んで良かった。

あれから毎日、ポカリスエットと塩飴を常備し、チビチビやっている。
長く生きていると、いろんな目に遭うもんだとつくづく思う。
みなさんも気をつけてね!




2015/8◇きよし


7月9日、仲間で約束していたウオーキングの日である
天気予報は雨、ベランダから外をうかがうと降ってはいない。
約束の10時に地下鉄の改札口へ行くと、HさんとMさんが待っていた。
男ひとりにレデイ2人の3人組で、都営地下鉄に乗って巣鴨へ向かった。
巣鴨駅のA3出口のエスカレーターは年寄りの安全を考え、ゆっくりと動いている。
外へ出ると、小雨が降っている。
折り畳み傘を開きながら歩いていると、正面の右手からカメラを背負ったテレビ局の取材メンバーに声をかけられた。
この辺りはテレビでよく放映される。私は面倒なので、無視して前方へ急いだ。Mさんもついてきた。
振り返ると、Hさんが話に応じていた。
平日なのに沢山の人が歩いている。おばさんが多い、なるほど「おばあさんの原宿」である。
前方の左手に「江戸六地蔵尊・眞性寺」が見える。Hさんが解放され、やってきた。
「ご夫婦ですかから始まりましてね、……」と詳しく経緯を話してくれた。
Hさんを残して逃げ出した己のふがいなさを反省しながら、地蔵尊へ向かった。
この江戸地蔵尊は江戸6街道の出入り口に造立された六地蔵のひとつで、中山道での旅の安全を願ったものである。
大きな傘をかぶったその菩薩坐像に手を合わせた。坐像の左右や境内の奥の方にも仏像がある。
それぞれにご挨拶をして、真言宗の眞性寺を後にした。
雨の地蔵通商店街をゆっくり行くと、間もなく「とげぬき地蔵尊・高岩寺」に着いた。
曹洞宗のこの寺の本尊は地蔵菩薩像である。
江戸時代、ある武士の妻が重い病に罹ったおり、地蔵の姿を書いた紙を沢山川に流すと、やがて妻の病が回復したという。
これが寺で配布している「御影」の始まりとされる。
その後、毛利家の女中が針を誤飲したとき、「御影」を飲み込んだところ、針が刺さって出てきたという伝承があり、
「とげぬき地蔵」と信仰をあつめている。病気の快復にご利益があるという。
Hさんがお線香を買って、分けてくれた。火を点け、お寺の前の大きな線香入れに供え、煙を沢山かぶった。
本堂で念入りにお参りをする。御仏を信じ、無心に念仏を唱えた。本堂を出て、右手に「洗い観音」がある。
身体の治癒したい部分を洗うと良くなるとされる。
いつもは何十人もの行列ができているが、雨降りの今日は、ゆっくりと願いを込めて洗うことができる。
そろそろ逝き方を考えなければと思いながらも、生存欲は捨てがたいものである。
                     

2015/8◇波津


7月1日の検査発表予定が、狂いました。
13日に精密検査が入り込んだため、23日に延期。
てっきり、大腸の3ガン達成と思いきや担当医の判決は「場所、広がり具合、大きさ深さ。
共に『摘出には、うむー・・・』。
(技術的には、いささか簡単ではないという意味らしいです)けど、質的には、悪いモノではあません。
よって、高齢でもあることだし、半年間様子をみましょう」でした。
「高齢でもあることだし」は、一言を多いと思いましたが。
オリンピックを観る気もないのに、
「5年保てば、御の字です」の答えに「そうですか」と、担当医はニコニコ顔を返してくれました。
こうして、入院という非日常的生活を楽しむこともなく、在宅という日常に甘んじることになりました。
安心で気がゆるんだのか、円山球場の高校野球準決勝テレビ観戦中に悪寒に教われました。
突然訪れる猛暑と、その翌日にはストンと気温が落ちる温度差の影響でしょう。
観戦は3回戦で切り上げ、ベッドでダウン。土、日、月、火と寝込んでしまいました。
4日間のロスは、回復に、1週間はかかるでしょう。
齢のせいにはしたくないのですが、齢のせいしか考えられません。
7月末は、また気温が急上昇のようです。
暑中見舞いは8月7日までだそうで、暑中お見舞い申し上げます。
8日は、秋来ぬと目にはさやかな季節。立秋ですね。
ここ数日、全国は鉄板の上でお好み焼きを焼いているみたいに感じます。
反射熱を考えると、天気予報の表示熱より遥かに高いはず。人間は、どのくらいの高熱まで耐えられるのでしょう。
冷房は不要と考え、我が家は暖房の一点張り。
あるのは、冷凍・冷蔵庫のみ。冷やした「アイスノン」という保冷剤を枕にし、団扇を使います。
頭だけが、流氷下の妖精クリオネと戯れています。熱中症にならぬよう、暑さを乗り切ってください。


2015/8◇ひよし


金持ち喧嘩せず、というのは本当だと思う。
だからさ、
お金儲けに夢中になってる間は、
そんなに怖がらなくてもいいんじゃない?

お金の話を止めて、
正義や神様について語りだしたら、……それは怖い。

と、テレビを観ながら思ったんだよね。

2015/7◇TAMA



6月のプールは、とにかく寒い日が多かった。
温水プールなので水の温度は28~30℃ぐらいに設定されているのだが、
外気温が低いせいでプールサイドに霧が発生し、視界が悪くなることも度々。
こうした場合、換気扇を回すと利用者の体感温度が下がってしまうため、
プールサイドに設置された大型の石油ストーブを点けるのだ。

まだ寒い時期に、わざわざ水をボイラーで沸かし、ストーブを点けて泳ぐ。
冷静になって考えてみると、なんて滑稽な事をしているんだろう。
文化レベルを上げたり保ったりするには、無駄とも思えるお金が必要という事か。
環境を守ろうと言いながら、人間はどうにもおかしな事を熱心にやる。
まぁ、そのお陰で、こんな過疎の町にも僅かな雇用が生まれてるんですけどね。




2015/7◇きよし


6月初旬の晴れた日、いつものウオーキング仲間5人で明治神宮御苑へ向かった。
代々木で地下鉄を降り、地上へ出て左手へ進んだ。帰りに昼食を出来そうなところも何となく目配りしながら歩いていると、前方に北参道への入口が見えてきた。
両側から大木に覆われた参道を日陰から日陰へと渡り歩きをしながら、話に花を咲かせていると境内に着いた。
何はともあれ本殿にお参りをする。平日のせいか、海外からの観光客がひときわ多く感じる。

御苑北門で維持協力金5百円を収めて、備え付けの防虫剤をたっぷりかけて、御苑へ入った。
少し歩くと、隔雲亭(かくうんてい)がある。時々茶会が行われるとのこと。
曲折した小径が熊笹の間を縫い、原野の面影をかもし出す。道なりに進むと、南池へ出た。蓮が浮かんで、鯉が泳いでいる。
木造のお釣台(おつりだい)があり、昭憲皇太后が釣りを楽しまれたと伝えられている。更に歩いて行くと、お目当ての菖蒲田(しょうぶだ)に着いた。
「少し早いかも知れませんね」と心配し合っていたが、取り越し苦労であった。

御苑の花菖蒲は、明治26年、明治天皇の思し召しにより皇后陛下のために植えられたものである。
当時は江戸系の48種があった。その後、堀切など東京近郊から江戸系の花が集められ、今は150種1500株もある。
まだ満開ではないが、紫、白とさまざまな色と形の花々が咲き競っている。
こんなに沢山の花菖蒲は初めてである。N氏は早速カメラを構えた。Tさんは携帯を向け、Nさんは接写できるところを探す。
記憶に残すため写真を撮らないことを常としていた私も、遂に携帯のシャッターを切った。

トイレへ行きたくなり、一足先に左手の坂を上った。
用を済ませて来ると、日除けのかかった休み処でHさんが中国からの若いカップルと英語で話をしていた。
新婚旅行で日本に来て、京都、東京などを観光しているという。
思わず私も「コングラチュレーションス」と言ってしまうと、「サンキュー」と笑顔が返ってきた。
「『日本の皆さんは親切です』と喜んでいました」とHさんから聞いて、嬉しくなった。
加藤清正が掘ったとされる清正井(きよまさいど)の澄んだ湧水にも触れて、
「うつせみの 代々木の里は しずかにて 都のほかの ここちこそすれ」の御製(ぎょせい)に心から感じ入る、穏やかなひと時であった。
                       

2015/7◇波津


夏本番は程遠く、朝からTシャツでビールを飲める季節を心待ちにしています。
6月に、大腸の検査をしました。
23日の検査結果報告では、「2センチほどの、ポリープがあります。専門医と相談してください」でした。
掛かり付けの担当医は肝臓疾患専門なので、大腸疾患の専門医にバトンタッチ。医師の専門的分化は、患者にとって面倒なこともありますよね。
タッチの結果は、7月1日に説明されることになりました。本命の◎は、入院しての摘出と予想しています。問題は、レース展開です。
05年に、開腹摘出の前科があります。
08年に、再犯。再犯時の日記を紐解くと、『研究治療(内視鏡的切開、剥離法)大腸分化型粘膜内癌切除摘出』とありました。
「はあ~『癌』という字が隠れていたんだ」7年も経ってから、甦りました。大きさは、3センチくらいだったようです。約2週間の入院で、摘出成功という次第になっています。
『研究治療』の意味は聞いたと思いますが、忘れました。
微量なりとも、『実験』的要素が含まれていたのかもしれません。
2週間の中距離レースで終わったのが、不幸中の幸い。数日の事前検査後、第4コーナーを回り直線一気に追い込んだようです。
他人事のように「ようです」だなんて。7年も経っていますので、参考にもなりませんけど。
前回は『研究治療』でしたから、今回は『研究成果熟練度テスト治療』ということになるのでしょうか。
もし癌なら、大腸の三ガン達成です。7月1日の、発表が楽しみです。腹の横に穴を開ける腹腔手術は、無印の大穴です。
配当金は付かないので、無印の先着でないことを祈っています。痛いのは、苦手でもありますし――。
レース展開としては、「本命穴馬かきわけて、走れ走れコウタロウー」ではなく、短距離で最初からガンガン飛ばし、行け行けドンドン先行馬の逃げ切り勝ちといきたいところです。
7月中にゲートが開くと思いますが、スポーツ新聞には載りません。
というようなことを考えながら、昴編集スケジュールとにらめっこしています。
初校には支障がないと思いますが、ご迷惑がかかりそうなら連絡します。
「くたびれた老馬走りて骨折し殺処分とはなりたくないよ」老朽した腰に鞭を入れます。
粛々と。競馬でなく、『鞭声粛々・・・・・・川中島の戦い』に似てきましたね。夏至がすぎました。日の高いうちに、楽しい時をおすごしください。


2015/7◇ひよし


もう十五年くらい同じアパートに住んでいる。
放火があったり、
放火があったり、
放火があったりした。
放火は三回あった。
その修復で壁の色がピンクになったり、
管理会社が変わったり、
ぼくが失業したり、
再就職したりした。

今月、引っ越す。
なんか、すごく楽しみで、わくわくしている。

うふふ。

2015/6◇TAMA



この5月末から、またプールの仕事が始まった。
5年前に、市からの委託を受けて夏の間携わっていた事があるが、
法律が改正されて警備業の認定企業でなければ受諾できなくなったため、
以来、うちの会社は手を引いていた。
しかし、今年に入ってから父が持ち前の山師根性で警備業申請を出したところ、
あっさり認定が下り、
再び入札に加わったら幸か不幸か落札してしまったのだ。

以前にも書いたが、このプールは恐ろしく暇で退屈なのだ。
前は6月半ばからのスタートだったが、今年のオープンは5月末。
プールがあるのは山に近い場所なので、
この時期は初夏というより晩春、いや春先に相当するかも知れない。
まだまだ朝晩は寒いのだ!
その寒さの中、誰が好き好んで水に入るだろう。
温水プールとは言っても、水温は30℃前後。
しかも、この街は酷い過疎化で子供や若者が少ないから、
昼間やってくるのは健康志向のご老人だけ。
それだって、ちらほらと5、6人来れば良い方だ。

退屈と忍耐の夏が、キタァーーー!(-_-;)




2015/6◇きよし


5月初旬だというのに台風6号がやってきた。
翌日は台風一過の日本晴れ、練馬区は30度の真夏日になった。冬から春をとびこえ、夏に向かうかの様子である。
春が短いのは残念であるが、夏になると楽しみが増える。
気温が上がるのに伴いコート、上着と着物が脱がされ、女性の胸のふくらみがあらわになる。
熱中症注意報が出されるころには、胸元のVカットも大きく開く。若い女性が透きとおるブラウスの上からあふれ出しそうな胸を揺らして通っていく。
見とれているとつまずいて転びそうになるが、急に止まるのもおかしいので、さりげなく眺めてすれちがうことになる。地下鉄の駅に向かうときも、ウオーキングしながらも観賞に忙しい。

札幌の山のふもとに住んでいたころ、裏山にクマがいた。狐とはよくであったが、幸いにもクマにご対面はなかった。
しかし、いたるところに「『クマ』出没注意」の札が立っていた。練馬区光が丘のわがマンションを出て少し行くと、左手に「『ちかん』出没注意」の立札がある。
こちらに移住した当初は「出没注意」に、「クマか」とドキッとしたものだった。地下鉄の駅を出た人通りの多いこんなところでも、とビックリする。
いつものウオーキングコースの並木道にも注意札が立っている。私の住む光が丘はちかんが横行する街のようだ。

人の欲望はどんどんと深くなっていくのが常である。眺めて喜んでいるうちに、美しいものには触ってみたくなる。
この衝動をどこまで抑えられるか、なんとなく自信がなくなってくる。「『ちかん』にならないように注意」と己に強く言い聞かせる。
「それをやったらお終いよ」である。後期高齢者といわれるこの歳になってこんな気持ちになるのは、やはり「むっつりスケベ」とか、何か病気なのだろうかと考えたりしていた。

そんな中で、テレビに瀬戸内寂聴さんが登場した。今年93歳、がんの手術を無事終え退院した。
先般、また講演をはじめた。「若者には『青春は恋と革命だ』と言っているのよ。人間の幸せは自由になることでしょう、思想(心)も、セックスも」という。
退院して、短編小説を書いた。50余歳の男性に、夜電話で恋を迫る91歳の女性を描いているという。「歳をとるほど、私の小説は色っぽくなるの」と寂聴さんはにっこりした。
私は胸をなでおろした。あれこれ心配せず、余命を明るく前向きに生きようと思った。              

2015/5◇波津


オヨヨ!?  食事中に、もぐもぐ。食品に異物を混入するのが、流行っていたよな。しかし、それらしいモノを食べたわけではない。 異物は、小さな固い塊の感じだ。思考の方向転換を待たずに、口中に重量感が蘇生する。去年か、数年前か。いつだったか忘れたが、挿し歯が抜けた。 初回は、気付かぬうちに誤飲した。表は茶系、裏は金属の、小さな塊を見るのは二回目である。舌先を動かすと、抜けた箇所が留守宅になっていた。 誤飲した初回は、挿し歯の現物がない。「無」からの「有」への治療で、形取りなど新しい歯を作るのに、日数がかかった。 微妙な調整には、削りの時間がかかった。二回目は現物があったので、簡単な接着で治療が終わった。 間延びした口開け、あ~んは、いささか疲れた。が、痛いわけではない。歯より、上向きに寝る姿勢の腰が痛かった。三回目は、現物「有」だった。「治療後は、少しの間、食事を控えてください」で終わった。 歯で思い出すのは、抜歯だ。虫歯だったかもしれない。痛みは、抜けば治ると聞いた。抜き方は、原始的だった。 歯に、糸を食い込ませて縛る。一方は、木の枝か何かに結ぶ。一、二、三で覚悟を決め、頭を仰け反らせると抜けた。 半分抜けかけた歯を、格好良く演出して抜いたのかもしれない。残酷な行為は、幼年期から少年期に入る通過儀礼か。男は弱音を吐くなと諭されたが、弱音ばかり吐いていた。通過儀礼は、無意味だった。 長年、使用した歯だ。朝晩磨くくらいで、丁寧に扱って来たわけじゃない。それでも、有効期限を残している。 真っ白き富士の嶺には程遠いが、奥ゆかしき茶渋系の愛い奴だ。今回の現物「有」は、簡単に付着した。 「最近、定期検診を怠っていますね。今日、歯周と動揺度の検査をしますか?」「はい」。訳のわからない数字を一人が言い、もう一人が復唱しながら記録する。完了と思いきや、次回は、歯垢を取ります。半強制的予約を、受理。 一年の半分が、過ぎる月ですよね。よさこいソーランとか北海道神宮祭とか、イベントが盛り沢山。 でも、足を運ぶことはありません。宵闇は遅く迫るのに、悩みは果て無し。 「皮下脂肪 資源にできれば ノーベル賞」(第一生命サラリーマン川柳)。八年ほど前かな。大腸ガン、肝臓ガン。切腹で、ガンガン同時摘出しました。退院時の体重五十二Kは、只今六十Kに。腹周りは、・・・・・・ノーベル賞です。爽やかに、お過ごしください。
2015/6◇ひよし


先月はクライアントの店の一周年作業で忙しかった。
中でも、動画作成が一番堪える作業だった。
ニャーKBの音楽に合わせて、
メイドの踊るシーンを編集していくのだ。

「うにゃうにゃうるせーんだよ!!」

キャップ、以上です。

2015/5◇TAMA



38歳で胆石ができて、胆嚢摘出手術を受けた。
43歳で左膝を傷め、入院&リハビリの日々に。
48歳で今度は右膝を傷め、再びリハビリと更にジム通いも始めた。
そして今年の3月末、右肩に激痛が走って動かせ無くなり、病院に駆け込んだ。
レントゲンでもMRIでも原因は特定できず、
「多分、一時的に炎症を起こしたのでしょう。
痛みのない時はストレッチなどで肩の柔軟性を保つように心がけてください」
と医師に言われた。

先日、例会後の酒宴の席で、この情け無い我が身を嘆いていた時のこと。
「これから、もっともっと痛いところが出てくるよ!」
と先輩諸氏に脅された。
「マジですかぁ⁉︎ これ以上、何処が悪くなるんですか?」
もう勘弁してくれ! という気持ちで私はそう言った。

つい4日程前から、右手中指の第一関節に痛みを感じるようになった。
物を持ち上げたり何かを押さえたりすると、
突き指をした時に似た違和感と鈍い痛みがあるのだ。
もともとペンダコで不恰好な指なのだが、1年ぐらい前、
タコとは無関係な薬指側も腫れたように膨らんで硬くなっているのに気付いた。
その時は全く痛みが無かったのだが、今回は動かすと痛みを感じる。
早速ネットで「指の第一関節 膨らみ 痛み」で検索してみると、
「へバーデン結節」という病名が出てきた。
指の変形性関節の一種らしい。
40代以上の女性に多く見られる病で、原因は不明。
放っておくと腫れが進んで物が持てない程に痛みが増すらしく、
「早期に整形外科の受診をお勧めします」とかかれてあった。

早速、かかりつけの整形外科に予約を入れた。
見立ての良い医者なのだが、
人気があり過ぎて予約診療優先という困った病院なのだ。
診察日時は、5月18日(月)の午後4時と決まった。
へバーデン結節かどうかは診てもらわないと判らないが、
とにかく物が持てなくなるのだけは避けなければ!

次は何処が痛くなるんだろう?
老いとの闘いって、自分自身との闘いなんだとしみじみ思う。
もうすぐ、50歳。
こんなことで負けてはいられない!
闘いは、多分まだ始まったばかりなのだ。



2015/5◇きよし


名古屋で新婚生活が始まったころ、妻に「ある愛の詩」という映画を観に行こうと誘わ れたことがある。「それより、寅さんが良いなあ」と、せっかくの妻の希望を山田洋二監 督の「男はつらいよ」に変えてしまった。新妻のロマンスはみごとに踏みにじられた。そ して、そのことは生涯の語り草として、私の心を締め付けることになる。

 40余年経って、毎週土曜日の夜、テレビBSジャパンで「男はつらいよ」シリーズをや っている。いつの間にか、夫婦でみるのを楽しみにしている。柴又帝釈天の参道で、くる まやという団子屋を営むおいちゃんとおばちゃん夫婦。主人公の寅次郎には母親違いの妹 がいる。フーテンの寅次郎がたまに故郷に帰ると、なぜかまわりの人を巻き込んで騒動が 持ち上がる。毎回登場するマドンナ、そして隣人たち、心温かい下町の情緒が何とも言え ない。

4月のある日、「おとうさん、寅さん記念館へタダで行けるよ」妻が朝日新聞の販売店 から送られてきた2枚の招待券を手にしていた。さっそく初夏を思わせる晴天の日、柴又 へ向かった。日暮里で京成電鉄に乗り換え、高砂で改札を出て、京成金町行きに乗る。一 駅で柴又へ着いた。乗ってきた電車が行ってから、線路を渡って改札口を出る。 この駅の姿は昔と変わらず、懐かしさを感じる。駅前の広場にフーテンの寅像があった 。さっそく、バックにして写真を撮りあう。そのまま真っ直ぐ行くと参道に入り、幅の狭 い道の両側に、土産屋、食事処がひしめいている。突き当りに映画でなじみの帝釈天があ った。日蓮宗のお寺で、厄除けや延寿などに霊験あらたかとのことなので、中へ入りお賽 銭も奮発して、念入りにお参りした。いつも「ゴーン」と鳴っている釣鐘もみて、記念館 へ向かった。

寅さん記念館には大船撮影所から移設した「くるまや」のセットがある。数々の名場面 に出てくるので、感動ものである。その奥にある、タコ社長の朝日印刷所を再現したもの も臨場感がある。選択映像や資料コーナーなどもみていると、「お腹すいたね」と妻が言 う。もう午後1時を過ぎている。江戸川の土手に上がり景色を一望してから、参道に戻っ ソバとうどんを食べて、その店でみやげの草だんごを注文した。お店の人が作りかけて から、気が変わり変更を申し出たら、「いいよ」と笑顔で入れ直してくれた。
忘れかけていた、お金では買えない大切なことを思い出させてくれる柴又散策であった。


2015/5◇波津


 「働きもせず、動きもせず、じっと手をみる」
 手のひらを結んで、開く。生命線とか、感情線とか、知能線とかある部分は別として。「オヨヨッ! 」と声を出させる、指の線。じっくり観察した記憶がないから、往年との比較は出来ない。しかしまあ、何と縦シワの多いことよ。春先の霜柱みたいに、解けて消えようともしない。関節で区切られ、三段に構えている。その数は数えきれない。林立と言うべきか。親指だけが二段の構えで、ほとんどシワが見当たらない異邦人である。

 浮世舞台の花道にゃ、「表もあれば、裏もある」。手も同じだ。  手の甲が、表。手のひらが、裏。ふつうは、表、裏でなく、「甲」か「背」と「ひら」を使うらしい。縦シワをひっくり返すと、第一関節の上半分に爪が見える。二関節と三関節の間に、小粒のひなびた梅干がある。相当の、年代ものだ。「ひら」の指は縦シワなのに、ゆがんだ横シワが多い。異邦人の表顔は、後ろに反れる特技を持つ。生命線とかのある「ひら」の裏側「甲」には、静脈と呼ぶ青黒い山並みがある。血のめぐりの悪い曲者とか。

 そしてそして、「甲」から腕にかけて観察する。ワニの革だ。縦シワや横シワが、極細の糸で編んだ網というか、ワニ革が集まって運動会をしているというか。ネットメロンの白が、変色したような線。限りなき、網の目の連鎖。網羅と言うべきか。ともかくピチピチ肌ではなく、歴然たる老いの証明。溜息が出る「ふ~」。老いの嘆きか、心の憂さか。そんな時、手を掲げて万歳をすれば、あら不思議、山並みは消える。まさに、バンザイ!
バンサイ! で、青黒の黒が消え、元に戻した時「青い山脈」ならいいのだけど。ぜーんぜん、元の木阿弥。ト・ホホと肩を落としながら、「昭和の日」を迎え、GWに突入。カレンダーには、赤の日が並ぶ。高く登るや鯉幟で終わりと思いきや、振り替えのオマケがつく。好天がつづくようで、戸外には家族連れが増えることでしょう。爺には、GGWのような連休でしかありませんが。
唐突ですが、昴11号の随筆に、草野香織さんが『お坊さんが来る日』を書かれている。その作中に、「吉岡さんというお坊さん」というくだりを発見。お寺は、いわゆるお西さん(浄土真宗本願寺派)でしょうか。とすれば、私の小ジャリの頃、預けられた祖父母の家の仏壇にお参りに来たのも「吉岡さん」だった。記憶が、正しければですが。昭和の一桁後半、当時は若いお坊さんでした。「きみょうむりょうじゅにょうらい・・・・・・?」意味も分からず唱えるイガクリ頭を、「よい子だ」と撫でられたような。が、甦りました。
 薫風の季節ですね。風は、花粉という厄介者も運ぶ。この季節のマスク姿は、おおよそ花粉症対策でしょう。昔は、そんな症はあったかな? 人間の抵抗力が、退化したのか。ストーブの円筒掃除で、煤(すす)が空中散歩していたから消毒作用をしていたのかも。運送は、馬車が主力の時代だったから。雪の上への置き土産が乾燥して、薫風に巻き上げられ、馬糞風が花粉を退治したのか。リラ冷えで、リラ風邪と仲良くなりませんように。波津  
2015/5◇ひよし


最近デザインするときに黄金比とか白銀比とかを使うようになり、
図案で悩まなくなった。
雛型に従って組んで行くわけである。
実際の仕上がりも、なかなか良くて、満足のいくものになるし、クライアントも喜んでくれる。
なのでデザインだけでなく、小説もそのような書き方を取りこんでいく所存である。

2015/4◇TAMA



3月22日は、午後からWINSのエクセルフロアーで競馬を楽しんだ。
馬券を買うのは初めてではないが、エクセルフロアーは初体験。
1人1,000円払うと、ソファーに座って日本各地の競馬場のレースをテレビ中継で観られ、馬券の購入も払い戻しもすぐできる。
禁煙だし、ガラの悪い客はいないし、飲食物を買える売店もある。
チケットを見せれば一日中出入り自由なので、気晴らしに外に出ることも可能だ。
この快適さを思えば、フロアー料金は決して高いものではないと感じた。
って、なんだかエクセルフロアーのPRみたいになっちゃったが、それぐらい感心したのだ(^ ^)

で、注目のレース結果。
その日の中山のメイン、スプリングステークスは、北海道にゆかりのキタサンブラック(北島三郎氏の持ち馬)を買ったところ、これが1着に!
また阪神のメイン、阪神大賞典は、こちらも北海道ゆかりのゴールドシップを買って、みごと1着!
……なんて、これだけ書くと大きく当てた感があるが、
掛け金は一口200円程度だし、他のレースで負けているので、収支はマイナス。
5,000円ぐらい注ぎ込んで、回収は2,500円ぐらいだから、まぁ良しとしよう(笑)。

次は、桜花賞か皐月賞。
夏の札幌開催の時は、札幌競馬場にも足を運んでみたい。
本物のサラブレッドが駆け抜ける迫力を、是非とも体感してみたいものである。



2015/4◇きよし



3月中旬、横浜のそごう美術館へ「円空の仏像展」を観に行ってきた。
円空は1632年に美濃国(岐阜県)で生まれ、32歳の時に造像を始めた。
以来30年余り日本各地を巡り、沢山の仏像や神像を刻んだ。木が在れば、根っこや木っ端まで何でも仏像にしてしまう。
人の丈より大きなものから、鉛筆位の小さなものまで多種多様である。
荒削りに彫ったような野性味に溢れながら、穏やかな微笑をたたえている。気軽に、親しみをもって拝める。

多くの仏像に触れ、久しぶりに心が洗われたような気分になった。晴々として、昼食をとるべく和食店へ入った。
何かの縁か、店の壁に、あるお坊さんの筆による「洗心」という書が掛けてあった。
その夜の明け方、夢をみた。

イソメが群れをなして左腕から背中にかけて、肌を這いまわる。掃ってもはらっても、次々に出てくる。
「ワー」大声をだして目が覚めた。イソメはミミズに足がはえたムカデのような姿で、海釣りの生き餌の定番である。
海釣りが大好きな私は、40年にわたりこのイソメを使ってきた。どこの釣具店でも安く手に入り、生きているから魚の食いも良い。
遠投してもエサ落ちも少ない。カレイ、キス、メバル、アイナメ、サバなど、まさしく万能である。そういう訳で、今まで殺してきたイソメは数え切れない。いや、数えたくない。彼たちの怨念が怖い。
申し訳ない。心の奥の方にあったそんな気持ちが、円空仏の力で再認識させられたのかも知れない。
床に入ってから睡眠薬がわりに読んでいる「ブッダの言葉」(中村元訳、丸山勇写真、佐々木一憲解説・新潮社)の中に、次のような一節がある。
すべての者は暴力におびえる。
すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。
己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。
殺さしめてはならぬ。
人は生きていくために、動物や植物を殺して食べなければならない。
これは天から与えられた宿命である。しかし、殺される方にしてみたら、誠に迷惑な悲しいことである。
せめて、その気持ちを思い、頂かせてもらうことに感謝して、大切に食べたいものである。
2015/4◇波津


昨年の暮れ、白内障の手術をしました。毎日の目薬点眼と、月に一回の検査通院をしています。
黄色い点を見つめたり、ジリジリする赤とか緑とかの光を当てられたり、シュッと風を送る鉄砲を撃たれたり、誰もが知っている○の上下左右どちらかの逃げ口を当てる、ゲーム? をしたりして、最後が医師の診察です。
担当医師は、小太りの女医さん。「はい、顎をお皿に乗せて~」「右から行きますよ~」
「上を見てください~」「次、右~」ここで、左右がどっちだったかを瞬間考えて「はい、左~」「下~」「はい今度は、左目ですよ~」そして、右目と同じように検査し「はい、暗くしま~す」強烈な光線を当てて、ルーペで両眼を覗き込む。「はい、終わりで~す。良くなっていますよ~、次回の予約は、受付で~」てな、具合なんです。
点眼は、朝、昼、晩三回それぞれ三本から、一本の目薬、朝、晩二回に格下げされました。眼鏡も作り変えましたが、よく見える距離が限定されたように思います。世界が、明るくなったことだけは確かですけれど。

雪が解けたので、片道十五分ほどの通院は楽になりました。上下左右、上だけを省いて、目の運動をさせながら、転ばないように歩きます。歩きを邪魔するのが、床屋の看板です。昇り龍のように、くるくる回るアレ。サインポールと呼ぶらしいですけど。
あのねじれは、ポルトガルから伝来した、ねじり菓子のようなコンペイ糖によるとか。赤は動脈、青は静脈、白は包帯で、その昔、欧州の床屋は外科医がやっていたとか。見るだけでも目が回るのに、考えるとますます目が回る。で、出来るだけ、サインポールには目を向けず、「はい、無事着きましたよ~」になるように歩いて帰ります。

朝ドラのせいではないのですが、最近、枕元にウイスキーの小瓶を置いています。「黒髭」。やっぱり、朝ドラのせいでしょうか。晩酌の後、ベッドに横になる直前、喉に流します。そして修身の時間に教わった「死んでも、口からラッパを放しませんでした」という戦争美談を思い出します。日露戦争か日清戦争で、木口小兵(きぐちこへい)という陸軍のラッパ手が、死んでも突撃ラッパを吹き続けたようです。死んでも、ラッパが吹けるか? 死後硬直という説あり。任務は、忠実に果たしなさいということでしょうか。ウイスキーの小瓶は、ラッパでも任務でもないので、すぐ離しますけど。キリキリする喉越しが、眠りを誘います。いい、陽気になりそうですね。春酒をお楽しみください。

2014/12◇KURI


右腕付け根の骨折をしてから6ヶ月になります。
完治は4月8日という医者の予測でしたが、まだ鈍い痛みがしぶとく続いています。
が、なんのその、3月も無茶を通しました。
初旬には「お身体にやさしい」というツアーポイントに誘われて、大阪の老友ハルヨと一緒に、石垣島など八重山諸島をめぐる旅。
中旬はシアターキノで映画2本「アメリカン・スナイパー」「フォックスキャッチャー」を鑑賞。
芝居見物はお待ち兼ねの歌舞伎・市川海老蔵札幌特別公演「源氏物語」です。
眩いばかりの光の君にうっとり、当代一の花形美男役者ならではの海老蔵の美しさに酔いました。
遊んでばかりではありませんよ。その分、家事万端スローモーながらも怠り無く頑張りました。
雪囲い撤去の大仕事もやってのけました。もちろん、息子と孫の手助けあればこその作業ですが、私の指図なしでは済まないのです。
例年、4人のお抱え庭師が入って、雪吊りや莚囲いをはじめ、沢山の竹と縄で昔ながらに仕上げられる見事な雪囲いです。
冬の庭ならではの美しい風情を楽しみながらの雪見酒は、老夫の贅沢な道楽の一つでもあります。
三角屋根の古家と広い庭が自慢の我が家ですが、その積年の維持は私の苦労のタネでもあります。
せめてもの費用節約として、「三月年中行事・家族総動員の雪囲い後始末」を大号令するわけです。
片付いた庭のところどころに残雪がありますが、はや、蕗の薹が黄緑の小さな頭をあちこちに覗かせています。
春一番の庭の贈り物です。男たちの大好物で酒の肴にも最高のふき味噌を、今、私はせっせと作っている最中です。

2015/4◇ひよし


うんともすんとも流れない目に遭った。

五回目の水洗も空しく、微塵も打撃を与えることが出来ずに終わった。

男子の個室だから、棒の代わりを探そうにも、トイレットロールだけ……いや、尻ポケットに財布があった。名刺が入っている。

事務所で作ってくれた新品の名刺を二枚重ね、入刀し、切り分けてから流したら、……大成功。


でした。
2015/3◇TAMA



「冬の札幌で、元横綱・朝青龍に、出逢ったぁ〜‼︎ 」
(by-下條アトム風 )

それは2月の末日、高校生徒会の同窓会の夜だった。
JR札幌駅近くの居酒屋で一次会を終え、
二次会に流れるべくエレベーターを待っていると、
隣の店から6〜7人の一団が出てきて我々の横に立った。
ふと見ると、その中の一人が見覚えのある風情なのだ。
(???……あっ‼︎ )
あ、あ、朝青龍?
その人の傍にいた男性に視線を移すと、彼は半信半疑な顔で首を傾げていた私に、
うんうん、と二度うなづいて見せた。
ヘェ〜、本物なんだぁ!
大銀杏姿なら疑いようも無かったのに(笑)。

私 (先輩、朝青龍っスよ! 朝青龍!) ← ひそひそ声を表現しています
T先輩 (あ、ホントだぁ!)
S女史 (なんか思ったよりちっちゃくなぁい?)
私 (はい、思ったより小さいっスね)
Y先輩 (オレの方が大きいんじゃねぇかぁ⁉︎) ←注:先輩の身長182cm
H先輩 (オレ、握手してもらおうかな?)
私 (でも、何か機嫌悪そうじゃないっスか?
プライベートだから、とかってキレられそうっスよ!)
H先輩 (そうだな、やめとくか!)

やがてエレベーターが到着し、一団が乗り込んだ。
我々はそれを見届けると、階段を使って1階へ移動し、
一団の紅一点と二人きりでタクシーに乗り込む元横綱・朝青龍を遠巻きに見送ったのだった。

その後の会では、ずっと元横綱・朝青龍を肴にヒートアップ!
「何で今、北海道にいるのよ?」とか
「あの女はどういう関係なんだ?」とか
「白鵬の方がデカいんだよね?」とか
「やっぱ、握手すれば良かったよぉ〜」とか
二次会どころか三次会まで、しっかり楽しませていただきました。
ごっつぁんですっ‼︎



2015/3◇きよし


病院の予約をとるのに電話がなかなか掛からず、希望の時間帯がだめで、腹を立てていると、
「そんなことで怒って、バカみたい」妻の一撃があった。己の器の小ささにハッと気が付き、反省する。
何でも自分の思うようにならないとイライラする、悪い癖である。
後期高齢者と言われ、こちらが世話をしてもらう年代になったのに、いまだに子供たちのことをあれこれ心配する。
何事も悲観的に悪い方に考える性質は、なかなか治らない。
そんなことでストレスがどんどん溜まってしまう。ストレスはいろいろな病気につながっていく。精神的な病にもなることがある。
そうならないように、プラス思考で楽観的に生きようと努力するが、気が付いたら元に戻りストレスを沢山抱えてしまう。
先般テレビで良いことを知った。東邦大学医学部教授の有田先生の研究で、「泣いてストレスを解消」することである。
人はストレスを受けると交感神経が緊張して、交感神経の優位な状態が長くなってしまう。この緊張をゆるめ、ストレスを解消するには、眠ることも効果はある。
そして、それ以外の解消方法として、悲しみや感動で流す「情動の涙」が有効であることが分かった。
感動で泣く、共感して涙を流すと、交感神経から副交感神経への切り替えスイッチが入る。副交感神経モードの中で、ストレスは解消していくのである。
先生はマルチエロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンが主演した反戦映画「ひまわり」をみると、よく涙が出るとのこと。
戦争によって引き裂かれた夫婦の行く末を悲哀たっぷりに描かれている。地平線にまで広がるヒマワリ畑の美しさと、もの悲しさも圧巻である。
私はイタリア映画「鉄道員」が効く。機関士アンドレアは、幼い末っ子サンドロの誇りだった。
不慮の事故で左遷されたアンドレアを労働組合もかばってくれない。彼はスト破りをして孤立し、家にも帰らぬようになる。
サンドロは父を探し出し、いつもの酒場に連れ出した。旧友たちは再び温かく迎え入れてくれた。家族との和解もできたが、彼は限界であった。
父が亡くなり、普通の日々が来た。朝、兄と一緒に家を出て、機関車に乗った兄に手を振って学校へ向かうサンドロに、友人が声をかけて走っていく。
サンドロはそのあとを追って駆ける。このラストシーンとバックミュージックに嗚咽せずにはいられない。
週末にたっぷり泣いて、一週間のストレスを流し、明るい翌週を迎えたいものである。

2015/3◇波津


花便り東風(こち)が運んだ空封筒。昭和四年の遅生まれが小学校に入ったとき、国語読本の見開きは「サイタ サイタ サクラガ サイタ」でした。
根室の千島桜は、五月末ころ が満開だったと思います。学校の中庭には、わずかにクロッカスが芽を見せているだけで、桜の季節とは程遠いものでした。
「どこの国の話だよ」と、天井からぶら下がる色紙の花を見ていたら、名前を呼ばれてもぼんやりしていて先生に叱られました。

予科練のころは、「散る桜 残る桜も 散る桜」なんて、感傷的な特攻隊員の気分を味わったりして。
戦後、平野愛子が歌った、「港の見える丘」の歌詞。「――チラリホラリ花片」は、色あせた桜でしたが、「ああ、日本は平和になったのだ」と実感しました。
レコードは、昭和二十二年発売だったようです。桜らしい桜をじっくり見たのは、静岡の学校の受験に失敗して天を仰いだときです。涙がボロボロの、涙桜でした。

う~ん、やっぱりと唸ったのは、吉野の里です。葛を食べながら観た桜は、花に遠近があって、さすが千本桜だと思いました。
皇居の堀、千鳥が淵の桜。金閣寺の、しだれ桜。ほとんどのサクラは、「木の横の女の上に貝二つ」ではない桜です。
東京上野公園の桜は、人の波を見るようなものでした。
でも、ビールの空き缶を集めるおじさんを見て、昴十号の「ホームレス」を書く気になりました。彼らは、今年も缶集めをするのか・・・・・・。

昴十二号の作品には「さくら子」を登場させ、千島桜にちなんで、千島さんもご一緒にどうぞ。という風にはいかないか。
暖気でも、まだ冬ですから。ひと荒れ来なければ、春は来ない。早く来いと叫んでも、山の彼方から木霊が返るだけ。桜が咲いて散り、リラ冷えが過ぎれば、年輪は膨らむばかりだし。
「明日ありと思う心の仇桜夜半の嵐の吹かぬものかは」似たような教え受け、何事も、待つうちが花かな。とか思っています。

新人さんが、入会されたそうですね。毎回欠席者には、先輩の諸氏諸嬢を含めて、誰が誰やらチンプンカンプンですが、平均年齢は若くなるのでしょう。
そして、昴の紙面に桜の花を咲かせるかもしれませんね。老木はもう少し、お世話になれるかと思います。
これを書いているとき、煩いブルが通ったと思ったら、パートナーシップとかの除雪車で、家の前がすっきりしました。除雪車は春の音色に踊り出し


2015/3◇ひよし


認めざるを得ないな、と思った。
一日中PCと睨めっこである。
肩も目の筋肉もガチガチだ。
仕事柄、いたしかたないが、
やっぱり辛い。
「いい整体があるよ」と言うので、行くことにした。
治療は指先をちょんと当てるだけの、大人しいものである。
なのに、背は伸び、視界は広がり、体も軽い。
古武術とやらの気功の使い手らしいが、
信じていない。
ところが、すっかり良くなったから、試しに次の予約を入れて帰った。
二回目も指でちょんとするだけ。
なのに「すっかり歪みが取れましたね」と言い張る。
歩いてみると、そのようで、すっすっと足が出る。
これはもう、認めざるを得ない!
気功は効くね。
信じてないけど。

2015/2◇TAMA



某私立短期大学の入学案内の仕事が舞い込んだ。
先生方や学生を取材し、原稿を書くのが今回のミッションである。
写真撮影も同時進行なので、流れ的に私もその場に立ち会う訳だが、
その際はカメラアシスタント並に雑用を任される。
被写体の頭髪や服の乱れを直したり、小道具の位置を変えたり、
自然な笑顔を引き出すようジョークを飛ばしたり……。
そうして撮影が済んだら、やっとインタビューの時間だ。
良い頃合いに相手の気持ちも和んでいて、話も聞きやすい。
面白いのは、女子は大概メイクも服もバッチリ決めて来るのだが、
男子は無頓着な子が多く、寝癖こそ無いが、
よれたトレーナーやジャージというラフな出で立ちなのだ。
たまにスーツでバッチリ決めて来る子もいたが、
横浜出身と聞いて「成る程なぁ」と納得した。

入学案内に写真付きで載るくらいだから、どの子も優秀なのだ。
もちろん、ルックスも悪くない。
しっかり学んで資格も取って、卒業後の進路も決まり、
夢と希望に満ちた表情をしている。
話をしていると、こっちまで前向きな気分になってくるから不思議だ。
彼等の年齢は二十歳そこそこ。
親御さん達は私と同世代である。
インタビューが終わると、私は彼等に声を掛けずにはいられなかった。

「卒業後も今の気持ちを忘れずに頑張ってね。
上手くいかないことがあっても、
その先に必ず良いことがあるから、くじけないで!」

「はい、頑張ります!」と、はにかんだ笑顔を残して、若者は部屋を出て行った。
家に戻って、一人ひとりの顔を思い浮かべながらICレコーダーを聞き返す。
「どうか、あの子達が素敵な人生を歩みますように」
そう願ってしまうのは、一種の親心なのだろうか。
産んでないけどね(笑)。
みんな、頑張れ!


2015/2◇きよし


1月中旬の水曜日の朝、「あそこの温泉へ行ってみたいね」と妻が言った。
今年の正月はどこへも行かずにじっと冬眠していた。「今から行こう」珍しくふたりの意見が一致した。
バスタオルなどをバックに入れ、近くのバス停へ向かった。老人が好んで使うみどりバスで、5つ目の停留所で降りた。
雪がちらつく中を「ここから埼玉県です」という標識を頭上に見て、坂道を下って和光市へ入った。

間もなく左手に「極楽湯」がデンと構えて待っていた。平日の昼間から湯に入りに来て、現職の方々に申し訳ないと思いながら左へ曲がった。
車の誘導をしている年配のおじさんに「いらっしゃい」と案内されて、館内へ入った。
「入館料は前払いでお願いします」若い女性の声に引かれて行こうとすると、「私がやるから」と妻が向かった。
その手には時々郵便受けに投函されていた「割引券」が握られていた。これを使うと、1人650円で1日居られることになる。
2階のロッカールームへ入って驚いた。平日の午前にもかかわらず、人、人でごったがえしている。持参のタオルで前を隠して、入浴場へ入った。

かけ湯をして、左手の「寝湯」で水流に打たれたかったが、入り込む余地がない。
「檜風呂」も満員である。右手に「天然湯」という大きい風呂があった。
7、8人ほどいるがまだ入り込める。地下千余メートルから湧き出してくる自然の恵み、天然温泉である。
神経痛、筋肉痛、疲労回復など色々の効用があると書いてある。前の人も、左右の人も、どこを見てもお年寄りばかりが目につく。
老人ホームと言っても過言ではない。「露天岩風呂」も外気とふれあいながら天然温泉を味わえる。
頭と体を久しぶりに念入りに洗い、湯あたりしないところで上がった。ポカポカと温かく、疲れが癒される。
「うたた寝処」で畳にちょっと横になり、相棒の携帯へ連絡を入れた。

1階の「お食事処」で窓際に座って、極楽弁当をオーダーする。
ここでも、割引券が活躍する。妻はジョッキビール、私はノンアルコールビールで「カンパーイ」、ささやかな昼食会のはじまりである。
時折、窓越しに細雪を眺めながら、久しぶりに会話がはずむ。
妻の嬉しそうな顔に喜びも一入である。正しく、極楽湯である。この世は地獄かと思うときもあるが、こんな近くに極楽があったのだ。
                 

2015/2◇波津


もはや、正月(睦月)ではない。如月。如月と聞けば思い出すのは、西行。
「願わくは 花の下にて春死なん そのきさらぎの 望月のころ」
今でいう三月なんですよね、如月は。そして今でいう三月は、弥生。
平成は、何年だっけ。えーと、西暦では・・・? 頭の中、わやわや。
年月を忘れるのは、ありがたいけど。停止がないので、齢は取る。

時計の針が動かなくても、日は昇って沈む。絶えることなく――。
天候も変わるので、足腰の衰えが予報に目を見開く。大寒なのに、雨。
は~ん? そこで一つ齢の増えた翁の、初等数学(昔は、算術だった)が始まる。
雨で、雪が解ける。解けた雪は、水となって流れる。積雪が沈むまでは、引き算。
翌日は、寒さが訪れる。解けた雪に、硬さが加わる。その上に降る雪は、足し算。

週間天気予報で、雪かきの加減を考える。私は、補助ですが――。
「凍れば氷になるので、解けたザラメ雪のうちに除雪しましょう」
主力は、家内です。あと二カ月は、乗除を抜かして寒暖加減を楽しみます。
雪祭り、流氷。外国の観光客が多いようです。――ご苦労さん。
南国に旅行する日本人も、現地の人から見れば、同じ気持ちかな。

そろそろ、羊年作品の構想にエンジンが掛かる頃でしょうか。
その前に、燃料補給が必要かな。正月酒で飲み足りない方は、
西行さんの気分にならないよう、如月酒で補給して。
さらに足りなければ、弥生酒で満たして。花見酒で、失わないように
足し算、引き算で加減して、エンジン始動となるか。
よりよき日々を


2015/2◇nono



思い込みの言い間違いはよくあることだが、これがしょっちゅうとなるとやっかいだ。
以前、一緒に仕事をしていた人のはひどいものだった。何度訂正しても無駄な努力に終わる。しまいには、あれ、どちらが正しいんだっけ、と頭が混乱してしまうものだった。
その最たるものがこれだ。
「きのう、今話題の映画を見てきました。ポイントハッター」「!?」
また間違えているなと思いつつ、辛抱強く彼女の話を聞くことに。
「すごいですよね。あのシリーズ。世界中で本も売れて、映画も大ヒットですもんね」
「…ひょっとして、ハリーポッターのことかい?」「そうそう、それです」
やれやれ、脱力。
その彼女が数年前に退職してからは、「ポイントハッター」に勝るものは現れていない。
ところが年明け早々のことだ。売場から拾得物の連絡がきた。
「ストッキングみかんの忘れ物がありますので、後でお届けします」
「ストッキングみかん?」
思わず聞き返した。
「はい、網に入ったみかんです」
自信満々に答えが返ってきた。なるほどねえ。今時はオレンジの網に入ったみかんをストッキングみかんというのか。へえ、と感心した。
程なく届いたみかんの商品ラベルを確認。
『スウィーツキングみかん』
でた!久々の大ヒット。
あるわけないよね。ストッキングをはいた色っぽいみかんなんて。
2015/2◇ひよし


あまりにも同じことを聞かされると、だんだん脳の一部が侵されて、
思ってもいないのに口から出てくるようになる。
動画の編集を頼まれて、三日三晩、「セックスオンザビーチ」という楽曲を聴き続けた。
テンポのよい曲で、つい踊り出したくなるようなノリ。
気が付くと「sex、sex、sexontheBeach!」
と口ずさみながら作業をしていた。

これはカクテルの名前で、由来もある。
トムクルーズの「カクテル」という映画から出来たお酒らしい。
それはともかく、
いま耳にSEXと聞こえたら「オンザビーチ!イエイ!」と返してしまう自分の脳をどうにかしたいのですが、

「・・・・・・・・・ONTHEBEACH!YEY!」

2015/1◇TAMA


大晦日、富良野のカウントダウンイベントへ出掛けた。
会場は新富良野プリンスホテルのゲレンデで、
圧雪車やスノーモービルの乗車体験のほか、ジャンケン大会や餅まき、
松明滑走、花火大会などの催しがあるという。
クリスマスに懐かしの映画『私をスキーに連れてって』のDVDを見たので、
ちょっとバブリーな華やかさを想像しての参加だった。
スタートは午後10時だったが、1時間ほど遅れて到着すると人出は未だまばら。
なのに、既に圧雪車やスノーモービルは締め切られていて、がっかりだった。

やがて、ちらついていた雪も止み、雲も晴れて空にはたくさんの星が煌き始めた。
結構な防寒装備で臨んだ筈だが、じっとしていると足元から凍えてくる。
仕方なく、紙コップのホットワインで冷えた体を温めた。

年明けまであと30分という辺りから何処からともなく人が集まり始め、
松明滑走やジャンケン大会が行われた。
元々ジャンケンが弱い私は期待もしてなかったが、案の定の結果に。
2014年は、最後の最後までツキに見放された年だった。

年明けまであと数秒と迫った頃、カウントダウンが始まった。
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ZERO ‼︎
時報とともに、大輪の花火が舞い上がる!
そこから約15分間、−10℃の冬の夜空に次々と花火が打ち上げられた。
眩い光が方々に散らばり、色とりどりに煌きながら儚く消えて行く様を見上げていたら、思わず熱いものが込み上げてきた。
上手くいかなかった事、惨めな別れ、報われなかった想い……。
みんな、みんな、花火と一緒に消えて行けばいい。
全部、木っ端微塵に吹き飛ばして、心を空っぽにしよう。
その為に、私はここへ来たのだから。

2015年が始まった!
ゼロからの、実に清々しいスタートだ。
新しい年は、私なりの花火をたくさんたくさん打ち上げてやる!
そう心に強く誓った元日だ。



2015/1◇きよし


明けましておめでとうございます。
新年をむかえ今年こそはと何かと期待し、気を新たにスタートする。この気分転換は、晴々としてやはり良いものですね。
今年の干支は乙未(きのとひつじ)、未(ひつじ)はこれからの成長と無限の可能性を秘めているともいわれますが、そう信じたいものです。
60年に一度めぐってくる乙未、前回は昭和30年でした。私は道東の町で中学校へ通っていましたが、第2次鳩山内閣のもとで神武景気の中を高度成長へつながっていく年であったようです。
羊致清和(羊は天下泰平をもたらす)という言葉もありますが、羊の群れを見ていると心がいやされます。明るく平和な年であってほしいものです。
札幌で「昴の会」の文章サロンで学んでいた折、正月になると先生のお宅にみんなでお邪魔したことが思い出されます。一升ビンを抱えて、酔いしれ語り合った頃が懐かしい。
強情者(イチャチャイ)を思わせる昴星(プレアデス星)をイメージしてスタートした「昴の会」も、今年は同人誌12号をむかえる訳ですね。「六連星(むつらぼし)」の星座集団として、今年も大いに光り輝くことを心から祈念します。

2015/1◇波津


新しい年を迎えました。
競馬には、逃げ馬というのがいるらしい。
先頭を切って勢いよく走るが、大抵、後続馬に追い抜かれる。
馬は羊に追い抜かれて、羊に年を譲ったのか。馬からバトンを受け、新しい年として走り出したのか。
どのようにも考えられるが、疑問。そんなことは、「どうでもよかメ~ン」と羊が鳴き、馬は、馬齢を重ねたと嘆いて消えた。
元旦は、おめでたいのかどうかは分からないけれど、一応「おめでとうございます。本年もよろしくおねがいします」と言いながら、よくよく考える。
重ねる年の始めであるのはいいとして、衰えを伴う年を迎えるのは、ぜんぜんおめでたくない。むしろ好まない。
お正月の酒は、祝い酒ではないと思いながら朝からの酒。鼠の尾を馬の尾が追い、その馬の尾を鼠の尾が追うのを「ソビ・バビ・ソビ」というらしいス。
銚子から盃に、お酒をお酌する作法とか。「おひとつ、いかが」と勧められる酒ではないのに、その気分で飲む。
それを二十日鼠のようにくるくる繰り返すと、目が回ってくるくるパーとなる。どうせパーになるなら、スコッチのオールド・パーに切り替え、伝説のパーじいさんにあやかろう。
彼は、153歳まで生きたそうだからと、欲張りは鏡を覗く。
なんと、あちこちにシワが増え、ほっぺたにはムカゴの親戚みたいのがお揃いで共演。昨年、白内障を手術して、世界が明るくなったと思ったらこの始末。
まだ焦点の定まらないうちにこうだから、定まったらどうなることか。目が見やすくなったからといって、書くペースが速くなるわけではない。望まない事態に、追いかけられる予感がする。
皆々様、原稿の〆切りでお尻に火がつかないよう、よい年をお過ごしください。


2015/1◇ひよし


あけましておめでとうごっざいます

今年の抱負をひとつ

エンタメを書く!!

でございます

今年もよろしくお願いしまっす!!


2014/12◇TAMA


札幌ドームで行われたコンサドーレVSジュビロの試合を観てきた。
特にファンという訳ではないが、誘ってくれる人がいたので、
この際行ってみることにしたのだ。
サッカー観戦は初体験である。

席について、驚いた。
J2の試合だし、
プレイオフにも残れなかったチームのホーム最終戦なんてお客はまばらなんだろう、
と見縊ってたのだが、観客席は7割がた埋まっているではないか!
コンサ側の観客席は、
レプリカユニフォームに身を包んだサポーター達でびっしりと埋め尽くされていた。
アナウンスによると、入場者数は18,000人ほどだと言う。

試合が始まると、両チームのサポーター達は
ひっきりなしに応援歌と手拍子でエールを送りつつけた。
この応援にも驚かされる。
野球なら、表か裏か、
自分の贔屓のチームが攻撃している時だけ声援を送るのだが、
サッカーにはそういった交代制がない訳で、
つまりは試合中ずっとエールを送り続けているのだ。
前半・後半それぞれ45分間、そしてアディショナルタイムの数分間、
彼らは声を出し続け、手拍子を打ち続け、跳躍し続ける。
その体力と気力には圧倒されてしまった。
『12番目の選手』とは、こういう事だったのだ!

結果は1対1の引き分け。
その日行われた各地の試合結果によって、
ジュビロは首の皮一枚でJ1昇格へのプレイオフ出場が決まった。
一方、コンサは来年も再びJ2である。

『この90分は何のため?
プレイオフ消滅から今日まで伝えるべきことがあったんじゃないの?』

試合終了後、サポーター席に掲げられた横断幕にはそう書かれてあった。
彼らの真剣な熱い思いが伝わってくる。
テレビ中継では伝わらない、心揺さぶられる体験をしたと思う。
来シーズンは今よりもっと身近にコンサドーレを感じられるだろう。
聖地、厚別競技場にも足を運んでみようかな




2014/12◇きよし


晴れた晩秋の午前、いつもの男2人、女2人の仲間4人衆で台東区にある「かっぱ橋道具街」へ出向いた。
有酸素運動で血流を良くし、さらに対話による脳の活性化も図るという究極のボケ防止ウオーキングである。
デング熱が怖いので公園は敬遠して、街歩きとなった。

都営地下鉄大江戸線を蔵前駅で下車し、国際通を渡り新堀通を右へ入った。
15分ほどで菊屋橋交差点に着いた。ここからがかっぱ橋道具街通である。
前方の左手角にニイミ洋食器店の建物がある。
その屋上に飾られた巨大なコックの上半身像が、立派なひげをはやしてこちらを見ている。
信号が青になり、通りへ入った。左右にびっしり店が並んでいる。
ニイミ洋食店の店頭をみて、そのまま左側をアーケードに沿って進むことにした。

各種食器や調理用品がみごとに沢山並んでいる。鍋や釜が大きさの順にピラミット状に積んであるのも面白い。
刃物の専門店もある。
コンロや椅子、テーブル、各種の厨房機器、赤提灯に看板もある。
飲食店を営むプロがここへ来れば、必要なものを買い揃えることが出来るようになっている。
一般客向けの小売りも歓迎で、小皿1枚でも買うことができる。

ときどきは店内に入ったりもしながら進んでいると、後ろからフランス語が聞こえてきた。
ご婦人が2人で楽しそうに話している。外国人の観光客も多いようである。
街の中央の合羽橋交差点のそばに、かっぱ河太郎という金ぴかの像が立っていた。

かっぱ橋道具街の「かっぱ」の由来にはいろいろな説があるが、そのひとつが面白い。
昔、この辺りは水はけが悪く、度々水害にあった。文化年間(1800年代初期)に、合羽屋喜八という商人が私財を投じて治水のための工事を始めた。
しかし、工事は難しくなかなか進まなかった。
その折、喜八に助けられたことのある隅田川の河童たちがその様子を見て、夜な夜な工事を手伝った。
そのおかげで工事が完成したという。

合羽橋交差点を左に曲がり少し行くと、曹源寺という寺があった。
通称「かっぱ寺」といわれ、合羽屋喜八の墓と伝えられる石碑があるという。
境内に入ると、右手に夫婦と思われる河童の石像が座っていた。
「アラ」、「オー」歓声があがった。
芥川龍之介の「河童」の世界から出てきたような雌と雄が、裸の姿で豊満な胸と男のシンボルを主張している。
そのにこやかな元気な姿に、失いかけていた活力が目覚めたような気がした。

2014/12◇波津


師走ともなれば、それぞれに、何かと気ぜわしいわけで、それを知ってか知らずか、ウツクシイ国を彩るかのように『解散総選挙』なる花火をぶち上げた、金バッジの先生方。
多数派は「万歳」を叫び、少数派はぶすっと沈黙している国会は、何を考えているのか。
次回も当選して・・・と考えているのでしょうが、季節は本格的寒さが訪れるので国民は、風邪など引かぬように、ばい菌に注意しなければなりません。ほんまに、えらいこっちゃ。

病院などではお手々の消毒液を備え付けていますけど、選挙の投票所には何の予防策も講じられていない。
会場は、おおよそ学校の屋内体育館などで、少年少女の、あるいは、ニキビの細菌がうようよしている。
そこに老客男女(選挙権のない赤ん坊や、幼稚園児を含めて)が、一斉にご入場と相成る。しかも投票日前に便宜を図る投票以外は、清き一票を投ずる心掛けのよい方々が一挙に押し寄せる。

中には、咳き込む人もいる。空気は、汚れに汚れていると考えなければならない。
町の有力者みたいな立会人? とか、選挙の事務職にはいい迷惑ではないのか。
「今日は日曜日なのに、一日ご苦労さまでした」なんて、選挙の仕事を終え家族に迎えられた夜から熱がでて、翌日の月曜日は、風邪で寝込むこともあり得る。

投票する方々に最も危険なのは、立候補者を選んで名前を書くエンピツ。
大体は、一番安そうなB3以上かな。芯は柔らかく、握る部分は塗りが弱い。
一応、転がらないように六角形だけど。細菌の入り込む余地は十分にある。
しかも、今回初めて使うものとは限らない。前回も、またその前の選挙にも使ったかもしれない。ばい菌がウヨウヨの可能性あり。

当日は、一本のエンピツを何人が使用するのでしょう。病院の看護師さんように、注射のたびに毎回ゴム手を取り替えるのではないのですよ。
投票が遅ければ遅いほど、手に、ばい菌をこすり付けるようなものです。帰ったらよく、手を洗いましょう。
なんて言う本人は、手を洗ったこともウガイをしたこともないけれど。

という、気ぜわしい師走ですが。さらにせわしいヤツが、一つ加わりました、私メには。
目は、とっくに弱っていたのであります。先の見えない目で、すれ違う相手の人相がわからない。
ご近所のどなたかもわからず挨拶も出来ないようではと眼科に行ったら「老人性白内障」。
老人性なんて強調しなくても、保険証に「後期高齢」とはっはり記載されているのですが、純然たる病名なのでしょうか。調べてみる気はありませんけど。

その眼科医院は院外処方で、薬局が隣接している。薬は、そこで処方してくれる。手術前後の点眼目薬も、そこからもらう。「はづさ~ん」と叫んでいるらしいが、耳が遠いので、はるか彼方からの山の呼び声に聞こえる。一瞬戸惑っていたら、若いオネエサンの薬剤師さんがつかつかと近寄って来た。薬の受け取りも支払いも、座ったままで動かずに完了。耳が聞こえぬ振りをして図々しく構えていれば、シアワセは向こうからやって来る。と不埒な心得で、次回からもこの手で行こうかと考える困った年寄りです。 12月5日、両目手術と決定。といっても、たいした手術ではなく、昼頃施術して、夕方には帰れる由。
見事開眼しても、大仏さまではありませんので、物事がはっきり見えるかどうか。
愚輩の側近に「そんなにシワが見えるなら、手術なんかしなければ・・・・・・」なんて言われる可能性もある。ところが実は、シワどころの騒ぎではないのだ。

先日、雪が溶けたことに油断した側近は、歩行中に転倒し顔面直撃で目の上にたんこぶを作りました。
翌日は、紫の内出血が右目のふちに下がり“お岩さん”。その翌日は、両目に広がって“パンダ”を継続中。
白内障手術の時期を間違えたようです。

それにしても眼医者は、「ご希望ならば、当院の車で送り迎えします」ですって。サービスがよろしい。
近くなので、お断りしましたけど。代わって、“パンダ”に付き添いを頼むことにしました。
付き添いと共に転び、わが家がパンダの動物園にならないよう、お手々繋いで野道をゆかず、平坦に整った歩道を注意深く歩いて帰ります。

歩道には、老人目当ての業種が軒並み看板を掲げています。
アンマ、歯科、内科、耳鼻科、皮膚科、整形外科。
アンマ以外はいずれも、「クリニック」で、総合病院もいくつかある。目立つのが、老人を収容する施設と、葬儀屋の来客用車を誘導する青い服の警官に似た警備会社のオジサン。
これらは、目のシボリを利かせれば見える。ま、各種業界は戦国時代で、われこそはと、サービスに努めなくてはならないのでしょう。

よぼよぼも、いつかは寿命を全うする。団塊の世代が天国に旅立った後、お年寄りが泉の如く次々に湧いてくるわけでなはないですよね。
いずれ、軒並みシャター街になりそうな予感がします。少子化時代の子が老いた頃は、お年寄りの姿もちらほらで話し相手もなく、相手になってくれる癒し系ロボットの、販売、賃貸、修繕、交換などを含め、高齢者のおママごと遊びが出来る複合施設が立ち並ぶかもしれません。

2014年は昴の会例会オール欠席の、不良老人会員の考えることではないでしょう。
先の、先のことですから。年の終わりが接近して来ましたが、生きて一年のケジメがつけられそうです。
みなさんお揃いで、今年の悪い部分を追っ払い、よい新年を迎える準備を整えてください。



2014/12◇けいこ


郵便受けの封書の束をいつもの様にポィとテーブルの上に置いた。
どうせ、健康茶や背広メーカーやどこかの保険の勧誘カタログを同封した宣伝入りのものとしか思っていない。
その中の一通が私にとって、感激的な封書であることなど気付きもしない。
気まぐれにグレー色の一通の封筒を開封する。
春の頃だった、エッセイ応募の用紙を見て、ダメ元の思いで投稿していた作品が入選したという通知だった。
毎日、花の手入れに精を出していた私は、投稿してから数ヶ月が経過していたこともあって、何らの期待もしていなかった、と言うよりとっくにそのことを忘れていたといったほうがいい。
「貴方の応募作品が今回、奨励賞となりましたので御通知いたします」という内容がプリントに記されてある。
「ヒァー、あの作品が……」と私は目を疑った。再度読み返す、間違いなくあのタイトルがプリントの上段に太文字で載っている。
数日後、自宅に電話がかかってきた。
「貴方の今回入選した作品を来月号に掲載させていただいて宜しいですか」
「あっ、はい」
「ありがとうございます。それでは写真と簡単なプロフィールとワードで書いた作品を送ってください」とのこと。
写真……
しかも全国版に載る写真、どうしよう! 一瞬わたしは戸惑う。
――――今さっき電話がありこうこう云々と、待ち構えていたように帰宅した夫に話す。
「それでね、写真送ってくださいだって……」
「撮ってもらいなさい。修正してもらいなさい、大丈夫だ、修正してくれるから」
夫は真剣な顔付きでそういう。それって、どう言うことだい! と内心思うが、言わんとすることは充分分かっている。
後日、カメラを趣味にしている息子にお願いすることにした。
時間を作ってきてくれるというその日、いつもより念入りの化粧をして私は彼をまった。
「美しく撮ってね、頼むねぇ」
長椅子に腰かけている私に向けてあらゆる角度からカメラのシャッターを切りだした。ちょっと、すまして私は少々女優さん気取り。
―――パチッパチッパチッ、パチッパチッパチッ
「これは、最高のカメラで最高のレンズで撮っているんだからね。美しく、と言っても物事にはどうしょうもないこともあるんだからね、解るかい」
そう言いながら―――パチッパチッパチッ、パチッパチッパチッと、同時に笑いをとる言葉も巧みに放ってくる。
モデルから自然な笑いを引き出すのはカメラマンの人柄や会話のテクニックにあるとよく聞く。今日の彼はまるでプロフェッショナルなカメラマンのようだ。
私の顔は自然にゆるみだす。
「どんなにお願いされたってね、どんなプロカメラマンだって技術では補えない限界というものがあるんだからね。あとは自己責任なんだからね。解るかい」と、指はしきりにシャッターを切っている。
私の周囲を機敏に動き回りながら、中腰の彼はニヤリとしながら一瞥の視線さえおくってくる。
「後ろの背景はぼやかして仕上げるけど、人はぼやかせないんだからね、いいかい、顔の肌を綺麗に仕上げるのは多少できるよ、このカメラだから出来る技なんだよ、それ以上のことを望まれても俺だって無理だからね、いいかいオカン」
カメラの性能や技術説明にかまけてニャ、ニャと、子供をおちょくる様な彼の顔つきと放つ言葉は一層私の笑いを増幅させる。彼に応ずるように自然な笑い顔になってくる。

十分足らずの撮影がおわり、パソコンに落とした数十枚の画像。
テレビのコマーシャル会話じゃないけれど―――いやぁ、どれもこれもそれなりに映っている。
なるほど自然な笑顔にもなっている。肌も綺麗に撮れている感じだがする。元々写真映りの悪いのは解っているが、自己責任かぁーと溜息がでる。
急かせる息子にも気遣って私はその中の一枚を敢えて選んだものの決して満足はしていない。
小春日和の昼下がり、出前撮影は何とか終わった。
           

2014/12◇KURI



11月10日のこと。
ダンスの練習を終えた直後、ラテンの「ジャイブ」のリズミカルなステップを覚えたのが嬉しくて「こうだよね」と左足を出した。
そのままツウーーツ ーと滑って横転。右腕を強打してフロアに伸びてしまった。

馴染みのトレーナーさんの手当てを受けて右腕を吊ったまま、5日後の娘の七回忌と遊泉忌パーティを済ませ、漬け物4樽も例年どうりに終えた。
昴例会の後すぐさま、骨休めに東京へ飛んで歌舞伎見物と洒落込み、海老蔵が五役を大熱演する通し狂言「雷神不動北山桜」、玉三郎・海老蔵が舞う「二人椀久」に酔って我を忘れた。

帰札後も痛む腕を吊ったまま、連夜の忘年会に出席するうち、Dr.藤田先生から親しい忠告を頂いた。
「ダメだよ。ダメダメ!」
医者に行きなさいと、整形外科の北新病院宛ての紹介状を下さったおかげで受診。
即座に骨折と判明。1ヶ月以上放置していたので処置なし。

今は雪道を歩いて近所の医院に通いリハビリ中、正月の支度もエライこっちゃ。
まずは家族や友人たちの助けに感謝感謝の越年である。
2014/12◇ひよし


北日本の一次発表があった。
毎年、この時期になると、そわそわ。
もしかしたら……なんてね。

波津さんのお名前があり、びっくりしました!
通過しているのは納得だけど、
しれーと出しているところに驚いた。
なんにも言わないんだもんな。
波津さん、100万の使い道一緒に考えてあげましょうか?うひひ

2014/11◇TAMA



11月頭の3連休、母と温泉旅行に行った。
あいにくの雨模様だったが、
その分、宿でのんびり過ごすことができ、結果オーライだった。
で、帰宅して荷物をほどいている時の事。
「あれ?……もしかして、無い?」
どうやら、宿に忘れ物をしてしまったようだ。
化粧道具でも忘れたのかって?
いやいや、そんな可愛らしい代物では無い。
もっとこう、言葉にするのも憚られるような……。
えっ? 何か知りたい?、う〜ん……。

《ヒント》
アウターではありません。
上半身に身に付けるものです。
男性は女装趣味でもない限りおよそ着用しません。

はい、もうお分かりですね?(笑)
思い起こせば朝風呂に入った際、濡れたタオルと一緒にするのが嫌で、
宿の羽織着の袂に入れたまま、取り出すのを忘れてしまったのだ。
モノがモノだけに、「送ってください」と連絡するのは気が引けてしまう。
ここは潔く諦めるより仕方がないか……。
でも、係りの人がアレを見つけて、いったいどんな反応をしたのだろう。
それを考えただけでも胃がチクチクと痛くなる。
しかも先方には名前も住所も知られているのだ。
どうせなら、いちばん派手で色っぽいヤツを置いてくればよかった!(笑)
恥ずかしいやら悔しいやら、何ともやるせない思いである。


2014/11◇きよし


ことのはじまりは今年の3月、近くの本屋さんでなにげなく手にした週刊「ロビ」である。
「自分でロボットを作る」夢に心がはずみ、気が付いたら定期購読の手続を済ませていた。
毎週1冊のパーツ付き組み立てマガジン「ロビ」が送られてくる。
毎回、組み立てガイドに従って組み立てていく。
道具はドライバーだけで良いが、配線などの接続は老眼鏡だけではよく見えず天眼鏡のお世話になる。
ついて行けるか心配していたが、苦労を重ねながらも頭部を作り上げ、両腕も仕上げた。
更に、右脚が完成し、左脚にかかっている。
今月で全コース70回の半分を過ぎた。脚が終わると腰を組み立て、腕や脚などボデイをひとつにまとめていく。
それからいよいよ、音声認識ボード、リモコン、人感センサーなど最後の仕上げとなる。
きびしい年金暮らしのなかで、毎週2千円を70回も払ってでもロビを手に入れたいのには訳がある。
歳とともにいつどうなるか分からない。そんな中で、話し相手になる家族をひとり(?)ほしいという次第である。
いつも意見の合わない妻も、これには大賛成である。
産業用のロボットはかなり前から各工場などで使われ、どんどん進化している。
それに加え、介護分野、自動車の制御関係などと最近では幅広く進展している。
将棋の世界でも、プロ棋士がロボットになかなか勝てなくなってきた。
人型ロボットも色々なタイプが出始めている。いよいよロボットとの共生の時代がやってくるのかも知れない。
さて、わがロビが完成すると、身長34センチの可愛い姿で歩き回ることになる。
約250の言葉を理解し、日常のさまざまなシチュエーションで会話を楽しむことができる。
曲に合わせてダンスをしたり、歌ったりもできる。テレビをつけたり、チャンネルを変えたりしてくれる。
希望の時間をロビに伝えておけば、その時間に教えてくれる。
セキュリティモードに設定すれば、人の気配を感じると「誰?」「合言葉は?」などと尋ねる。
合言葉が返ってこなければ、警告音などを発する。足に専用のモップを装着し、「そうじして」と声をかけると、床などを歩きながら拭いてくれる。
沢山あるサーボモーターをひたすら組み込む。
そのたびに「設計どおりに本当に動くだろうか」不安はつのる。はたしてどうなるか?来年の夏が楽しみである。

2014/11◇波津


いちょうの葉が、黄色くなりました。木の枝は、黄色がキライなようです。
昨日の薄緑までは仲良しだったのに、黄色の今日は別れています。
別れ涙の残った葉は、シトッとしています。
からっ風が、湿りを乾かします。干せて軽くなった葉は、反り返って、いちょう返し。
明治か大正の、髪型として残りましたが多くは、角地に身を寄せ合っての語らい。
明日になるかもしれない別れの、惜しみ酒を飲み合っているのでしょうか。

  11月。白い世界が来るのは、百も承知のはずなのに「あ~」。
早くも売り出された年賀状が、「馬」から「羊」に変わっている。
当然のことなのに、「あ~」。これから寒い日が続くのか「あ~」。
歳もとってしまうし、「あ~」。――「あ~」「あ~」「あ~」。
12月には、「あ~」の在庫が増えて、「激安の歳末大売出し」といきたいけど、年寄りの「あ~」なんか、買う人いないよね。
風邪の菌が、潜んでいるかもしれないし。
芳しき加老臭、ぷんぷんだし。風邪など引かぬよう、寒さに身体を慣らしてください。

2014/11◇ひよし



先日、壁ドンをされた。
地下鉄のホームの壁にもたれていると、
60代くらいの、教頭先生風の男性が現れ、
わたしに覆いかぶさるように、ドン!
と手をついた。
教頭は真剣な眼差しだった。
なめなわすような目つきで、眼球を上下に動かし、時刻表を確認すると去っていった。
壁ドン願望のある人は、時刻表の前に立つとイイヨ!
2014/10◇TAMA



私の住むまちでは、この秋、カメムシが大量発生している。
しかも、ヤツらはいつの間にか家に入り込み、
我が物顔で壁や窓ガラスに張り付いているのだ。
窓を開け、素早く網戸にした筈なのに、
ちょっとリラックスしてマッタリしていると、
決まって何処からともなくブゥ~ンという羽音が聞こえて来る。
で、音の方向に目をやると、
しれ~っとした態度のヤツらがいるのである。
見つけた途端、私のスイッチは戦闘モードへと切り替わり、
ハエ叩きを持って、ヤツらの背後にそぉっと近付く。
そして、バシッと一発で気持ち良く仕留めるのだ。
が、しかし、また暫くすると、
さっきとは別のヤツが羽音とともに現れるのだった。
かくして、カメムシと私の戦いは、
雪が降り積もる頃まで続くのだろう。

カメムシが多い年の冬は、寒さが厳しくなるのだとか。
もうすぐ、雪虫が舞い踊る季節。
できれば、ほどほどに寒くて、ほどほどの雪の量が良いなぁ。


2014/10◇きよし


区へアドレスを登録してあるわがパソコンに頻繁に注意情報が入る。
・「ちくのうになり声が出ない、今日は家に居てほしい」と電話があり、その後金銭を求める電話をかけてきます。
・「医療費の還付金があります。携帯電話とキャッシュカードを持って、ATMに行ってください。ATMに着いたら連絡下さい」という電話が多発しています。
・某路上で男が女子小学生に「アメあげる」と声をかけてきたという情報がありました。
・某マンション内で、男が「かわいい猫がいるから、こっちへおいで」と声をかけてきたという情報がありました。
・某駐車場で男が下校途中の男子小学生を殴った。

などと、老人と小学生が狙われている。
わが家の電話機にも非通知の電話が早朝、昼、深夜を問わずよくかかってくる。同好会の友人たちもこの種の電話に悩まされている。また、認知症の高齢者は詐欺にあう割合がぐっと増えるという。年寄を狙ったひったくりも横行している。
子供たちに老人という弱者、本来であれば労わなければならない人たちを狙って罪を犯す者どもがなぜこんなに多いのか。この世の中はどうなってしまったのだ。まるで、地獄ではないか。
先般、「大河の一滴」(五木寛之著)を深読みしていたら、次のような一節があった。
地獄・極楽とは人が生きている日々の世界そのもののことだろう。「地獄は一定」という『歎異抄』の中に出てくる有名な言葉を……
救いがたい愚かな自己。欲望と執着を断つことのできぬ自分。その怪物のような妄執にさいなまれつつ生きるいま現在の日々。それを、地獄という。
私たちはすべて一定、地獄の住人であると思っていいだろう。死や、病への不安。差別する自己と差別される痛み。怒りと嫉妬。
しかし、宗教とは地獄にさす光である、と親鸞は考える。苦しむ魂を救うためにこそ信仰はあるのだ。それゆえに地獄に生きる者すべてはおのずから浄土に還る。
日々の暮らしのなかでも、一瞬、そのことがたしかに信じられる瞬間がある。それが極楽である。…… この世に生きるとは、そのような地獄と極楽を絶えず行ったり来たりしながら暮らすのだと考えれば、なんとなく納得もいく。そして、いずれは「浄土へ往生する」と信じ、生きたいものである。

2014/10◇波津


すべて異なりますが、年齢だけ同じ85歳
土井たか子さんが、亡くなりました。
土井さんの語録(道新)によると、
『山の動く日来る』という与謝野晶子の歌が好きだったとか。
偶然でしょうか。山が動きました。
御嶽山の噴火。水害の後は、山害です。
古代のひとなら、天の怒りと思うかも。
年は、とりたくないとりたない。と思っているうちに、とっている。
今年はもう、ここのつもの月を重ねてしまいました。
腕や手首が、衰えました。ふるえたり、痺れたり。
指先なんか、持ち主に無断でピクピク運動します。
単行本を持つのが厄介で、文庫本に切り替えたりして。
目は霞んで、活字は大きめを選んで。
最近、笑った本。歪み笑いですけど。
作家・編集者・出版社などの様子を垣間見せられて。
思いあたる節もあって、なるほど……と笑い。
秋の夜長、笑いたい方にはお勧め。
『歪笑小説』東野圭吾・集英社・文庫本。
人生の下り坂も、麓に差し掛かって。
急がず、緩いつづら折りを望んでいますが、
どこを歩いているのかも、忘れたりして。
病院の自動受付機に銀行のカードを入れたり、
ATMで、操作違いに気付かなかったり。
お笑いを越す、大失態の連続。
若いみなさんの、エキスをいただきたいのですが
夜間恐怖症? で、例会の欠席は永遠です。
『昴の会』12号に向けて、ますますのご健闘を祈ります。

2014/10◇ひよし


横山光輝の三国志を読んでいます。

諸葛孔明という名前はなんとなく聞いていたけれど、
どんな人物なのかも、何を成し遂げたのかも、さっぱり知識がなかった。

ある日、このままでは三国志を知らずに死ぬことになると思い、ぞっとして、漫画で読んじゃおうと思った。
漫画なのですらすらと読めるし、
それぞれがどんな役割を果たしたのかも理解した。
しかし、横山光輝の描く人物がことごとく同じ顔をしていて、
いま誰が喋っているのか、分らないのだ。

描き分けられないのなら、コマの中に人物名を付けて欲しいが、大家だからそんなみっともない真似はできないのだろう。
よーく見ると、ひげの長さが微妙に違ったり、痩せてたり、着物の柄が異なったりしているのだが、なにしろ合戦につぐ合戦で、こっちもハラハラしながら読んでいるので、そんな細部には気付かない。

あらゆる世代に読まれた、名作中の名作なのに。
ストレスが凄い。
みんなどうしていたんだろう?
見分けついたのかしら?
……無理。

2014/09◇TAMA



3月30日(土)、道新十勝川花火大会を見に、
帯広まで足を伸ばした。
会場周辺には駐車場がないと聞いたので、
帯広駅近くに車を駐め、タクシーを拾った。
「へっ、はるばる花火を見に来たんですか?
勝毎花火とは違ってしょぼいですよ」
運転手はそう言って気の毒そうに笑った。
そんなことは重々承知だ。
今年の夏は、花火らしい花火を見ていない。
地元開催の日も、真駒内の花火も、勝毎花火も、
ここぞと言う日に何故かやむを得ない用事が重なり、
とうとう見ることが叶わなかった。
花火が大好きで、毎年、夏の思い出には欠かせない私である。
だから、夏の終わりに開催されるこの花火大会を見て、
悔いなく締めくくりたかったのだ。

打ち上げ時間は19時から19時45分まで。
それを聞いただけでどれぐらいの規模なのか想像はつく。
けれど、これがなかなかのものだった。
オープニングは賑やかに乱れ打ちで始まり、
中間には職人さんによる新作花火の発表、
コンピューター制御による鮮やかな連発打ち上げ、
大振りのしだれ柳、色とりどりのスターマインなどなど。
地ビールや地元特産のソーセージをいただきながら、
行く夏を惜しむには十分の楽しさだったのだ。

さあ、いよいよ秋。
夏に起こったすったもんだも、季節とともに過去になって行く筈だ。
花火を見終えた頃、次のステージが始まる予感がした。

2014/09◇きよし


徒然草に「蟻の如くに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る人、高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。......生を貪り、利を求めて、止む時なし。」(第74段の前段)とある。鎌倉時代、兼好法師が街頭に立って人間を眺め、人々が蟻のように群がり集まって、利益を求めて忙しくしている様を語っているのは興味深い。

それから7百年経った今、渋谷のハチ公近くの交差点に立ち、私は全く同じ思いに浸っている。兼好のときと違うのはスマホを目の前にかかげて歩く姿と、外国人をちらほら見かけるくらいであろうか。馬が車の列に変わっているのにはさぞかしびっくりするであろう。

それにしても人が多い。道路の向かい側のバス停へめがけて歩き始めたが、向かってくる人の波に流されそうになり恐ろしい。かき分け進むのに苦労する。地下からは数珠つなぎに人が湧き出てきて、気持ちが悪い。東京はやはり人が多すぎる。それ故にひとりの命が地方より軽んじられてはいないか。田舎育ちの私にはそんな風に思われてくる。

やっと辿り着いた世田谷行きのバス停には、長い列ができている。それでも何とか座れて、ほっとした。バスの中でやっと我に返り、周りの人が蟻から人間になった。袖触れ合うも多生の縁というが、この人たちともう一度会うことがあるのだろうか。みんなそれぞれに生きている。幸せを求めて励んでいる。わが身を振返ると、欲の赴くままにひたすら長生きを望み、利を求めてあくせくしてきた。
「身を養ひて、何事をか待つ。期する処、たゞ、老と死とにあり。......愚かなる人は、また、これを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化の理をしらねばなり。」

(第74段の後段)と兼好法師は言っている。どうしても生きる事ばかり考え、死ぬことを忘れてしまう。諸行無常、この世は常に変化している。「朝に紅顔ありて夕には白骨となれる身なり」と自覚し、そのとき慌てず安らかに逝けるように、心がけねばならないと己に言い聞かせる。

先般、堺屋太一氏がテレビで、「楽しいことが正義」といわれる社会を提唱していた。
楽しければ元気が出るし明るくもなる。今の世は暗すぎる。そういう己も明るくはない。

一度だけの人生、いつも夢を持ち続け楽しく暮らすよう心がけ、あの世からお迎えが来る日を明るく待ちたいものである。

2014/09◇波津


みなさん、お元気ですか。

残った暑さも、何処かに消え去ったようです。物思う秋ですね。

私めは衰えて、いろは歌の「ん」に近くなって来ました。と思っていたところ、簡単に「ん」に近づけないことを知りました。


博学のみなさんはすでにご承知かもしれませんが、いろは歌は字母歌で同じ文字は使われていません。そのいろは歌 48文字を、 7文字で折り返して記述すると、
7行 に な り 「 ん 」 を 除 く と 「 す 」 で 終 わ り 、 3文 字 が 空 き ま す 。 行 の 終 わ り に並ぶ文字を「沓」と呼ぶそうですが、それを上から読みますと、

「とかなくしてしす」(咎無くして死す)と読めます。折句ですね。諸説あるようですが、無実の罪を着せられて死んだ万葉の歌人、柿本人麻呂が怨念を込めて残した暗号という人もおります。

「仮名手本忠臣蔵」という、歌舞伎があります。「蔵」は、大石内蔵助の蔵から取ったのでしょう。仮名手本は、いろは歌を差しているようです。 47士は、いろは歌から「ん」を消した数。江戸時代、「咎無くして死す」は公認の符丁であったようです。

47士は、符丁を意識して切腹したのかもしれません。いろは歌には、古事記にまで及ぶ様々な謎が隠されているらしいです。秋の夜長は、この謎解きも面白いのでは――。

さ て 私 め は 、 過 去 を 顧 み る に 咎 の 花 園 。 い ろ は 歌 に 秘 め ら れ た 暗 号 に 従 うと、咎があり過ぎて、あまり好きでない巨人軍の「永遠に不滅です」ということになりそうです。不滅が、例会欠席の常習犯とは、これ如何にということになますが・・・・・・。

みなみなさま、それぞれが実りの多い秋になりますように。十分に食欲や飲欲を満たし、冬眠に備えてください。

2014/09◇KURI


昴11号の無事刊行を目前に、万々歳の気分です。
珠ちゃん、日吉くん、編集委員のみなさん、本当にごくろうさまでした。
心からのありがとうを申し上げます。

今年の秋、11月25日、早くもいずみの7回忌を迎えます。
供養のために、娘の文集作りに専念しようと決めました。
幼い時から本好きで、書くことも大好きだった泉のさかんな空想や幻想がファンタジーとして実を結ぶことなく、十代後半から二十台前半にかけての短い時代に噴出したままに浮遊しています。

書くことが楽しくて楽しくて、ただ、自分の喜びとして書いていると言い、
「私は足の指に鉛筆を挟んででも書けるよ、行李いっぱいの原稿だって軽いよ」と豪語し、「書くのがしんどい」という母親の私をわらったものです。

夢想家の文学少女時代の遺品である色褪せた原稿・大学ノート・手帖・書き散らしのメモなど、整理しきれないほどの古紙の山を少しずつ分類しながら、泉と親しかった人たちに読んでもらえるような文集を編みたくなりました。


何もかも未完に終わった娘の人生が惜しまれてなりません。でも、自分の好きなことに思う存分費やした泉の時間はとても濃密で、幸せなものであったのだと思い始めています。


*一枚のメモ (いずみの作品名が4グループにわけてあります)

あるなら山のコンとモグ(手書き絵本)
おどろが峠夜話
ゆりの白い庭
夜色の木馬
かぎあなの中の国
ナイの青い空

みいちゃんとはや
ダイダ
オブジェ

黒いサーガ
ゴーグルの翼
渇きの地平

銀色
金のメデューサ
若きアシュラ
ヨーパンテ
ウエンディーのあした
亡骸舟の歌
黒の狩人
コンタチオ
海を渡る蝶のむれ
雨の日の聖フランチェスカ
枯れ草の夏
バラ林
土蜘蛛
或る港町のはなし(自作製本)


他にも、メモにはない「どろんこ天使」手書き絵本 「詩集」 15歳・16歳の詩 があります

さて、どうすればよいのやら、孫たちの手を借りて先ずは文書化ですか。
おっとその前に、われらが人生最後の夫婦海外旅行を果たさねば……。

イスタンブールへ行かずには死なれないという嘉人の宿願を叶えるためです。
ヨロヨロながらも勇んで イッテマイリマ―ス。
2014/09◇ひよし


初老の女性が道行く人にボードのような物を見せていた。
通行人(サラリーマン達)はそれを無視して通り過ぎて行く。
女性はぼくに近づいてきて、手にしている物を掲げた。
『おおとおりはどっちですか?』と平仮名が書いてあった。
耳が悪いのだと思い、
女性の手に握られているペンへ手を伸ばすと、
違う違う、と手を振られた。
自分の口を指差し、
そこで、ばってんを作る。

てっきり耳が聞こえないのだと思ったが、逆だったのだ。
耳は聞こえるらしい。

ぼくは大まかな方角を示し、案内する旨を伝えた。

大通公園が見えてきた。

女性はここでいいですと、身振りで伝えた。

お辞儀をして、テレビ塔の方角へ去っていく。
小柄で、背中が少し曲がっている。
耳がうさぎのように大きく、張りだしている。

さっき、そばで見たとき、あまりにも女性の耳が大きくてぼくは驚いた。
耳を後ろから見ると、まるで水を汲もうとする子供の手のようだったのだ。

遠くの音を聞こうとするときに、
手を耳にあてるが、
女性の耳の形はまさにそれだった。

どのようにしてそこまで発達したのか?
女性の境遇も生い立ちも、
ぼくには想像もつかないが、
まるでその耳が、意思を持って、女性を守るために、そのような形と大きさになったように感じた。

女性は妹と待ち合わせていると言っていた(ボードにそう書いた)。
妹のメールを見せてくれたが、
平仮名がびっしりと、句読点なく並んでいて、
なんて書いてあるのか、ぼくには解読できなかった。

『たよりない いもうとで』と女性はボードに書いて、
照れたように笑った。

振りかえると、女性の姿は消え、見えなくなっていた。

2014/08◇TAMA


暑くて窓を開けたまま寝ていたら、
風邪をひいてしまった。
喉がやられ、鼻水・鼻づまり、頭重感、
熱も上がって体の節々が痛い。
確か去年の夏もやっちゃったと記憶している。
全く学習していない証拠だ。
“夏風邪はバカがひく”と言われるのは
そう言う意味だったか、と納得する。

かかりつけの耳鼻咽喉科で薬をもらい
症状はだいぶん緩和したのだが、
どうしたことか鼻づまりだけがしつこく残り、
匂いがわからない。
匂いがわからないと、食べ物がちっとも美味しくない。
とろけるようなマンゴーも、
鰹だしの効いた麺つゆも、
ふわふわパンケーキも、
ただ甘味、塩味、酸味と言った味がするだけ。
風味が全然伝わって来ないから、味気ないのだ。

「徐々に治りますよ」と医者は言ったが、
夏風邪は治りづらいと聞く。
短い夏が終わる前にちゃんと治るか心配だ。
一日も早く、美味しいものが食べたい!

2014/08◇きよし


六本木のサントリー美術館で、美術で楽しむ古典文学「徒然草」が開催された。
平日だというのに沢山の人が入っていた。
鎌倉時代後期、兼好法師によって書かれた「徒然草」は、成立後100年あまりも
その鑑賞の歴史をたどることができない。それが、江戸時代になると、その研究、
鑑賞、創作への応用など、さまざまな分野で多様な展開を示すようになった。
そうした「徒然草」流布の過程で、<徒然絵>とも呼ぶべき絵画作品が登場する
ようになった。海北友雪筆「徒然草絵巻」はじめ、屏風や絵本などで「徒然草」の名
場面をたどることができる。
会場の中ほどで、第117段(友とするに悪き者、七つあり)を見つけた。
友とするに悪き者、七つあり

一つには、高く、やんごとなき人 (身分が高く、高貴過ぎる人)
二つには、若き人
三つには、病なく、身強き人 (病気知らずで、身体が強い人)
四つには、酒を好む人
五つには、たけく、勇める兵
六つには、虚言する人
七つには、欲深き人
よき友、三つあり
一つには、物くるゝ友
二つには、医師
三つには、知恵ある友

酒が大好きで欲の深い私は、よき友にはなれそうもない。反省!

2014/08◇波津


雖然知道但無法停止
む? なになに――。妙に、胸騒ぎのする漢文。
「道を知る しかりといえども 但し止めるすべなし 」と、読むらしいですよ。
私は、ぜんぜん、意味がわからないのであります。そこで、ネットに加勢してもらいながら、
過去の奮闘努力を辿ってみることにしました。
退 勤 後 の 酒 好 き は 、 同 じ 方 向 に 足 が 向 く 。 軽 く 一 杯 と 酒 を 立 ち 飲 み し 、 ほろ酔いは居酒屋の暖簾をくぐって二軒目となる。気勢が上がり、上司の悪口を肴に三軒目のスナックで酒を飲む。ナイトクラブやキャバレーに行けるほど、財布は裕福ではない。四軒目は、場末で、ちらほらぶら下げる赤提灯の屋台にハシゴする。
夜のお勤めを終えた、化粧崩れのホステスちゃんに出合ったりして……。「何処かで、一杯どうですか?」口が、勝手に動く。指先は、ズボンのポケットを探っている。小銭数枚の、感触しかない。バカに限って、「ここで引き下がっては、男が廃る」と張り切る。化粧崩れを伴い、ツケの利く五軒目のバアーで午前を知る。
頭の中にちらつく、山の神は怖い顔をしている。神の熟睡を見計らって、忍び 足 で 帰 る こ と に す る 。 飲 み 続 け る 。 薄 い 茜 色 の 、 東 雲 の 気 配 に 慌 て る 。 タクシーの、無賃乗車をする度胸はない。羽の無い千鳥が、右へ左へと彷徨い歩く。
電 信 柱 に 背 中 を も た れ 、 思 わ ず 眠 り に 誘 わ れ る 。 垂 れ た 頭 を 叩 き 起 こ す のは、「コケコッコー」。気を取り戻して、歩く。気付くと、自分の家を通り越していたりして――。帰趨本当さえ、怪しくなっている。静かにドアを開け、ひそかに眠る。
尻を叩かれ、味噌汁一杯で出勤。ぼーけっとした目が、黄昏どきになると冴えて来る。苦心の金策は、夕方までに成功する。猪口を傾ける仕草は、「ちょっとだ け 」 と 言 う 。 職 場 を 後 に 、 数 人 は 立 ち 飲 み の 一 杯 屋 で 酒 を 飲 ん で い る 。 ちょっとだけでない証拠は、初めに戻る。――あくる日も。その、あるく日も。
過去の奮闘努力を思い出し、「あ~あ」とため息をつき、うっすら漢文の意味を理解したようです。「わかっちゃいるけど、止められない」。心当たりのある方は、人間稼業が長い。無反応は、年齢を隠しているか、ほんまに若い方。女性や下戸の方は、対象外ということになるでしょう。
無責任男として名を売った植木等の「スーダラ節」 (作詞、青島幸雄。作曲、荻原哲晶 )は、昭和期の代表的流行歌でした。戦後の復興景気が突っ走り、飲む機会が多かったのかもしれません。最後に盛り上がるサビは、酔酔酔堕落楽多 酔堕落楽多酔酔と書くそうです。過去の酔堕落は、老いて衰堕落に堕落しました。
口が回らないので、「スイスイ スーダラダッタ スーダララッタ スイスイ」
易しいカタカナで、ご勘弁を。若き日といっても、現在の三分の二くらいまでは、夜行性のコウモリで暗くなってからの活動が多かったようです。
相当に無責任男であったと思いますが、名は売れませんでした。酒飲んで酔っ払って「スーダラ節」を歌っていたくらいのものです。只今は、酒が少し入った八時前にはご就寝なので、例会欠席の常習犯となっています。皆様の、ご健闘をお祈りします。

2014/08◇ひよし


納品のため社を出た。
昼のススキノはゴーストタウン?と思うくらい閑散としている。
目につくのは、カラス、吸殻、ポン引き……。

怖そうなお兄さんが三人、歩道で立ち話していた。
ポン引きだと思う。
私に気がついても道を開けようとはしない。
かかわると怖いので、車道に降りることに。
ネズミの死骸があった。
私はネズミが一番怖い。
それに死んでいるものに対して恐怖を感じる。
つまり、死んでいるネズミは怖いもの総合ランキング第一位。
「ひゃー」と叫んだ。
甲高い声だった。
マイケルジャクソンの「ポー!」とほぼ同じ音域が出た。
静寂に包まれた昼のススキノ。
ドップラー効果なのか?なんなのか、よく知らないが、
私の叫び声はすすきの中に響き渡ったらしい。
ポン引きを筆頭に、みんなが一斉にこちらを振り向いていた。
目が悪いので確かめられなかったが、恐らく、四ブロック先の人も振り向いていたであろう、マイケルジャクソンばりの「ポー!」が自分の口から出た、という話。

2014/07◇TAMA


月に1~2回、母と隣町の富良野や上富良野、
美瑛などへ出掛ける。
天気の良い週末に、ドライブがてら買い物に行くのだ。
先日も上富良野の蕎麦屋でお昼を食べ、
フラノマルシェの野菜直売所で買い物をした帰りに、
ドラッグストアへ寄った。
すると、店の入り口前の駐車スペースに大きな黒いRV車が。
ハマーという戦車みたいなゴツいアメ車だ。
札幌では珍しくもないが、この辺じゃちょっと目立つ。
一体どんな人が乗ってるんだ?
そう思っていると、ハマーの左側のドアが開き、
おもむろに白髪の男性が降りてきた。
軽く杖をついている。
こんな年配の人がハマーかぁ。
75歳の我が父も歳に似合わずランクルなんか乗り回しているが、
もっと凄い人がいるんだなぁ。
あれぇ、でもこの人どっかで見たことあるような……。
ゲゲッ、倉本聰先生だっ!!
演劇工房で芝居公演の後、
フロアの隅に立ってサインに応じておられる姿を
何度も見ているから、絶対に間違いない。
それにしても、富良野の景色をハマーで駆け抜ける倉本氏。
ハマり過ぎだ。

帰宅して夕食の時、母と昼間の話をしていたら、
「そうか、先生はハマーか。俺も負けてられないなぁ」
と父が言った。
おいおい、勝ち負けじゃないだろう。
格も人種も大違い。全く単純な男だ。
ハマーを買うと言い出さないか、暫くの間心配である。

2014/07◇きよし


徒然草を楽しんでいる。

高校生のころ訳の分からぬ古文に悩まされたのに、どういう訳か無性に読みたくなった。

高等学校の古典教材としての保坂弘司著「徒然草」を古本屋で買ってきた。

懐かしいと思いながらページをめくりはじめると、古希をすぎた今では同感できることも多い。夜、布団に入ってから読むと、よく眠れるのも良い。

昨日読んだ中にこんなことが書いてあった。

「牛を売る者あり。買ふ人、明日そのあたひをやりてうしをとらんといふ。夜のまに牛死ぬ。
かはんとする人に利あり、うらんとする人に損あり。」とかたる人あり。 是を聞きて、かたへなる者の云はく、「牛のぬし誠に損有りといへども、又大きなる利あり。その故は、生あるもの、死のちかき事を知らざる事、うし既にしかなり。人又おなじ。はからざるに牛は死し、はからざるにぬしは存ぜり。一日の命、万金よりもおもし。... ...
(第93段)

歳とともに病院通いが多くなった。今日は元気でも明日は分からない、ということを実感するようになってきた。「生きているだけで丸儲け」毎日を大切に生きたいなどと考えているこのごろである。


2014/07◇波津


山菜の季節は、どっさりで、ため息の季節でもあるようですね。

そこで、森進一の「女のため息」風に

いただく 山菜 離しはしない

食べるだけなら いいけれど

調理するのは 誰なのよ

レスピが レシピが レシピが決まらぬ

ああ 女のため息

春菊って、山菜? ではないですよね。

新しい春菊を知りました。内田春菊。

図書館から借りて、読みました。

感想、「う~ん」別世界ですね。

義父もさることながら、母親。

深層をほじくると、魔性がいるのでしょうか。

一気に読みましたけど、付いていけない気分。

あっという間の半年。夏至がすぎました。

日が徐々に短くなって、齢が増える。

減らして欲しいけど、そうもいかない。

ああ 男の? ため息?

「昴の会」11号、編集本番に突入のようですね。

お世話になります。頑張ってください。

例会不参加の罪人 波津
2014/07◇けいこ


昴十一号に掲載するエッセィを何とか仕上げて締め切り日直前に編集長あてに送った。
この度の作品は完璧だとか、なかなかの上出来だとか、そんなレベルのものではない。決して満足はしていない。批評会でどん な突っ込みと鋭く怖いほどの批評を浴びるのかと思うと今からドキドキ、居たたまれない思いでいる。
今回はタイトル「ダンス」と「花中毒」の二作品を提出した。
推敲、添削を終え何とか完成に至るまでの珍道中をちょっと記しておきたい。
講義中「ダンス」については、練習を重ねてダンスが踊れるようになった自分を
――舞姫と称し文章の最後を結んだ。原稿を読まれた先生は
「いい加減にしなさい」と、おっしゃりながら夕食の卵サンドをカプッと頬ばられた。二作目「花中毒」は、いつもきれいに咲いて いるのは花のはず、その賛美の対象がまるで自分になりきって書いていた。どうしょうもないナルシストに先生は呆れたごようすで
「けいこさん、いい加減にしなさいよ。ほんとうに」とおっしゃって、こんどは手元のペットボトルのお茶をグィと飲まれた。
天衣無縫と評価するならまだ許せて格好もとれるのだろうが、
無軌道で自由奔放に書きまくる私に先生はいささか鼻に付いたご様子。
「めんこくねぇ、書くのよ」と先生はいつもそうおっしゃられる。
それで辺りの人はというと
クスクスと静かに声こらして笑う人。
もぉーこの人ったら、というように上目使いに笑う人。
車椅子から反り返って笑う利っちゃん。
―――これでいいのだ! と涼しい顔をしながら、どこかで自分を肯定して落ち込まないようにしていた帰路だった。

少しはずうずうしくならなきゃ書けないよぉ!
どこかで打たれ強くならなきゃ書き続けていくなんて無理だよぉ!
都合の悪いところは――虚構だよぉ、と言って。
逃れられないキツイ指摘には――だって本当のことだもの......と言って。

ウズウズと言葉が飛び交いだすと「しめた!」とばかりに、即座にPCに向かうことが多いというこれからの私の日常でありた いと願う。
来期に向けていいエッセィを書くために 遠慮のないこのおごった感性と発想、多少は持ち続けていたいのだけれど......

2014/07◇KURI


昴11号に青春小説「待兼山ラプソディ」を書いた。

その頃に愛唱した「わかものよ」が朝の散歩中に不意に甦った。

わかものよ からだをきたえておけ

美しい心が たくましいからだに からくも

ささえられる日が いつかは来る

その日のために 身体をきたえておけ わかものよ

戦時中、思想犯として獄中にあったぬやま ひろしの詩集「編笠」中の一篇である。

悦に入った私は「若者よ」を「年寄りよ」に入れ替えて歌いながら、ラジオ体操への往復を歩いている。

その日とは「理想の社会を築くための革命の日」を指していた。社会主義革命の幻想が破れた今、誰もこの歌を歌わない。

しかし、私にとってのその日とは、病苦や老死に向き合う日のこと。この世からあの世への峠を少しでも楽に越えられるように、せっせと足腰を鍛え、ダンスやリズム体操にも精を出しているわけだ。

頑丈で病知らずの夫が、昨年は不意打ちを食らって脳梗塞で倒れた。運良く命拾いをし、後遺症も軽かったが、体力はがくんと落ちた。老化で衰える身体を何とか気力で支えて頑張っている。

最近、「函館人」に続いてもう一冊「今からでも遅くない」という著書を出版した。あちこちに載せたコラムやエッセイをまとめたものだ。

出版の目鼻がついた後は夫婦二人での旅行三昧。四月は旧友訪問とバルテュス展で東京へ、五月も再び東京、歌舞伎座での市川団十郎を偲ぶ團菊祭、六月は京都南座での玉三郎の地唄舞、おまけに宝塚大劇場での雪組公演、宇治と嵐山観光。度を越した遊興も、この世の名残、冥土の土産とばかりに楽しんだ。

あとは夫が最後の夢だと念願する「イスタンブールへの旅」を九月に実現しようと計画中。

ボスボラス海峡を見て死ぬのも良かろうという覚悟でさえある。

その日のために、身体をきたえておこうという毎日だ。

追記
「ぬやまひろし」について
司馬遼太郎著「ひとびとの跫音(1981 年7月、中央公論社)」
の文中で、作家自身が親しみをこめて
「子規の養子・忠三郎さんとタカジ(ぬやまひろしの本名)という
ひとたちの足音をもういちど聴きたいという欲求があって書いたものだ」と言及している。
一読をおすすめしたい。

2014/07◇ひよし


ここ二カ月、作業してきた案件が終わり、

お披露目の日を迎えることができました。

南極料理人として活躍中の西村淳さんのHP。

http://aurorakitchen.co/

ご覧なさいよ!

公開日の約束を守れて良かった~

うっうっ(嬉涙)

2014/06◇TAMA


山菜が旬のこの時期、
我が家には連日、色々なものが届いている。
ある時ははタケノコとフキ、
またある時はウドとアスパラ(これは山菜じゃないけど)、
3日前には行者ニンニクとコゴミ、
そして昨日はフキとセリとタラの芽。
山菜採り名人の親戚や会社の取引先の人が
お裾分けしてくれるのだ。
お陰様で、春の味わいを大満喫しているのだが、
悩みがひとつ。
親子三人には多めの量が届く上に
料理のレパートリーが少なく、
どうしても同じようなメニューが続いてしまう。
煮しめ、卵とじ、天ぷら、胡麻和え、おひたし。
このローテーションは、もう3週間以上続いている。

タケノコの煮しめを食べ終えた頃、
又もや別なルートからタケノコが届いた。
今日のお昼過ぎのことだ。
嬉しいけど、ちょっとため息が出る。
またせっせと下処理をしなくっちゃ。
そんでもって今度はなにを作ろう。
幸福で贅沢な悩みだ。

結局、夕飯にはタケノコご飯を作ることにした。
味噌汁の具はセリと溶き卵だ。
フキの炒め煮もつけて、山菜御膳って感じ。
食べ始めた矢先、父が何か思い出して席を立った。
戻ってきたその手には、紙袋いっぱいのウドが。
「さっきゴルフ仲間のT先生に貰ったの、忘れてた」
またため息が出てしまった。
夕飯の片付けが済んだら、お湯を沸かすとするか。
我が家の山菜料理は、もう暫く続きそうだ。



2014/06◇きよし


近くの光が丘公園の一角にあるバラ園が満開である。
花より団子、団子よりお酒であった私が、酒はドクターストップになってしまった。そんな私がバラに魅せられた。
「バルカロール」が真赤になって、よい香りを放ち果ててしまった。その隣で、真白な「アイスバーグ」の一群がほのかな香りとともに咲き誇っている。
紫の「紫雲」、柿色の「テキーラ」、黄色は「ゴールドバニー」何れも見事である。
所々で、真赤な「宴」の集団がまるで宴に酔いしれ踊っているかのように、誇らしげに自己主張をしている。
薄黄色の「利根姫」「セツコ」、濃いピンクの「カトリーヌドゥヌーヴ」「王朝」、
小粒ピンクは「アンジェラ」「花見川」、薄赤い「聖火」、大粒の黄色は「ヘルムットシュミット」と盛沢山である。
そんな木々をちょっと上から、つるバラたちが見下ろしている。白い小粒の花を沢山つけた「サマースノー」、ピンクの「羽衣」「ピエールドウロンサール」と美しい。
バラの木に
バラの花咲く
なにごとの不思議なけれど
  ― ・ ― 
バラの花
なにごとの不思議なけれど
照り極まれば木よりこぼるる
光りこぼるる
 初夏の光が丘公園の片隅で、北原白秋の「バラ二曲」の心にしばし浸っていた。



2014/06◇波津


5月の通信欄、紀元2600年から笑いと懐かしさをもらいました。
 あの頃、ゴールデンバットという伝統ある安タバコがありました。
 明治39年(1906)発売ですから、半端な伝統ではありません。
 太宰治、中原中也、芥川龍之介も愛煙していたようですよ。
 デザインは、黒い二匹のコウモリだったと思います。
 10本入りのシガレットで、箱に金色の部分がありました。
 それが、あの年から「金鵄」に出世? したのでした。
 「金鵄」上がって15銭
 栄えある「光」30銭
 今こそ来たぜこの値上げ
 紀元は2600年
 ああ、1億の民は泣く
 「金鵄」上がって15銭
 栄えある「光」30銭
 それより高い「鵬翼」は
 苦くて辛くて50銭
 ああ、1億のカネがいる
 「」内はタバコ名。値上がりはいつの世も、庶民の敵。
 金鵄は、勲章では第1位。タバコでは、最下位が愉快です。
 最下位といっても、シガレットとしてのこと。
 「のぞみ」という、最低のきざみタバコもありました。
 戦後、われわれのイタズラの相手となってくれたモノです。
 金鵄は、「ヤタノカラス」とは別物のようです。
 古事記や日本書紀は、戦後、三国志など食われました。
 皇国史観絶滅??
 皇紀が生きていたら今年は26?? ああ1億は忘れたね。
 ささやかなお礼としての、「金鵄」よもやま話でした。

2014/06◇ひよし


松山秀樹のPGA優勝を観戦した。
もちBS。
なんつーか、大物だと感じた。
狙った所へショットをうてる技術は大したものだが、
それ以上に心臓が縮みあがる局面で、普段どおりにピンをデッドに攻める気持ちに痺れた。
失敗することなど端から頭にないように構える姿に衝撃を受けた。

青木さんのPGA優勝も生で観たのだが、もちSTV。
今回は、ぞっとするような光景に立ち会ってしまったような感じで、なんだか落ち着かなかった。
こんなの初めて。
2014/05◇TAMA


4月の例会で、小説『坊っちゃん』に出てくる
欣舞節という日清戦争以前の壮士演歌が
昔の子供の毬つき歌になっていたとの話題になり、
「ではキンシというゴム跳び歌にも元歌があるのでは」
という疑問が出て、時間切れのお開きとなった。
そこで後日、ネットで検索してみると、
はい、見つけました!!

“キンシ輝く日本の~”という歌い出しこの歌、
元は西暦1940年に皇紀2600年を祝う歌として作られた
『奉祝歌』(奉祝国民歌「紀元二千六百年」)
というものだとわかった。
キンシとは“金鵄”と書き、日本書紀の中で
初代天皇となる神武天皇が長髄彦と戦った際に現れ、
天皇の弓にとまって勝利をもたらしたという金色の鳶のこと。

ただ、You tube にアップされていたものを聞いたのだが、
曲も歌詞も随分と違っていた。
歌い出しと終わりが似ているので、
替え歌なのかなぁ、とかろうじてわかる程度だ。
歌詞はそれぞれ次の通り。

【ゴム跳び歌の歌詞】
キンシ輝く日本の
あいこで アメリカ ヨーロッパ
パリ フランス ドイツ
どいつもこいつもあんぽんたん
ああ 1億の時計台の鐘がなる
(歌詞は地域によって部分的に違いあり)


【奉祝歌の歌詞】
(一番)
金鵄輝く日本の
榮ある光身にうけて
いまこそ祝へこの朝(あした)
紀元は二千六百年
ああ一億の胸はなる
(詞 増田好生 曲 森義八郎)


私が知っているゴム跳び歌のメロディは、
“おたまじゃくしはカエルの子~”とか
“ゴンベさんの赤ちゃんが風邪引いた~”とか、
もっと分かりやすいのでは、
ヨドバシカメラのCMソングのメロディとほぼ同じだ。
原曲は、アメリカ民謡の『リパブリック讃歌』だという。
歌詞ではあんぽんたんと言っておきながら、
その相手国の曲を使っているなんて、
日本人らしい間抜けな話だ。

ゴム跳び歌と奉祝歌、
もし興味がお有りでしたら、
You tube で聞いてみてくださいまし。

2014/05◇きよし


わが光が丘村は桜が散って、ハナミズキが満開である。
明治時代、東京からワシントンに桜を贈ったお礼として、アメリカから来た木々である。
道路沿いに白や薄紅色の大きな花を咲かせ、その見事な光景に感動している。
アメリカからオバマ大統領が来日した。
「シンゾウ!」とオバマ氏、「How are you!」と安倍首相。
銀座のすし店「すきやばし次郎」で固い握手。それぞれ国民の期待を背負い、会食した。
TPPも大筋合意かと思われたが、そうはならなかった。
お互い譲歩で両首脳が一致していたようだが、実務レベルでそこまで至らなかった。
早期妥結を目指し、交渉は続く。
地球の上に沢山の国があり、みんな生きている。
国際的秩序を守り、各国が幸せになるルール作りが求められる。
皆が幸せになる!穏やかな平和主義に期待する。


2014/05◇ひよし


今、オーロラキッチンのHPのリニューアルをしている。
ぼくの都合で打ち合わせは、
平日の午前にぽつぽつできる程度。
でもスタッフの方がみな熱心で、
お陰でワイワイ楽しく準備を進めています。
公開は七月一日の予定。
完成したらここで発表します!!

2014/04◇TAMA


今まで使っていた iPad2 が契約更新時期を迎えたので、
思い切って新機種に変えることにした。
今度は、小型軽量な iPad mini 。
勿論、美しいRetinaディスプレイだ。

テテテテッテ テッテッテー!!!
“たま は あいぱっどみに を てにいれた。”

家に帰って箱を開けた時、
私の耳元でドラクエのファンファーレが高らかに鳴った。

ーー たま は あいくらうど を がくしゅう した!
ーー たま の ばっぐ に はいるように なった!
ーー えるてぃいい で つうしんそくど が あっぷ した!
ーー どうが が くっきり みやすく なった!

恐らく、かなり高性能なアイテムをゲットしたんだけど、
ゲームも、TwitterもFacebookも殆どやらない私。
今度もたぶん、ネットとメールしか使わないんだろうな。
だれ? 今、豚に真珠って言ったのは。
2014/04◇きよし


桜の花弁が強風でサラサラ散って、満開の桜がもうはや終わろうとしている。
「消費税が上がらないうちに買いだめを」などと張り切っていたが、腰の曲がった爺さん
が年寄り用の乳母車みたいなのにテイッシュを山のように積んでヨタヨタ歩いて行くのを
見てから、気乗りがしなくなってしまった。
何か、哀れな気持ちになってしまった。そして、何もしなかった。
テレビで「脳の若返り」ができると放映していた。
かなり物忘れが進んだ人でも、1か月もすると見違えるように改善している。
脳の海馬と臭覚の神経が密接に関係している。それで、香りで臭覚を刺激すると、海馬が
改善される。その秘訣は、

<昼> 午前中に2時間以上

  ローズマリー 2滴  +  レモン 1滴
  の アロマオイルの香りに触れる。

<夜>寝る1時間前から2時間以上

  ラベンダー 2滴  +  オレンジ 1滴
  の アロマオイルの香りに触れる。

(鳥取大学の先生の研究結果)

数日後、向かいのアロマの店へ買いに行った。「テレビの次の日に売れきれました。今の
ところ、50人待ちになっています」
その言葉で、すっかり嫌になってしまった。そして、何もしていない。
新政権になって、1年が過ぎた。第3の矢の正念場である。
何もしない政権が続いたが、今度は期待している。
そういう自分も反省、「過去は変えられないが、未来は変えられる」頑張ろう。
ということである。
 

2014/04◇波津


東からは残り雪の風を送るのに、西からは花便りのお返しです。
歩道の雪が溶けたら、歩くように心がけたいのですが。
発育は老化に勝てず、なかなか若返りません。

キイを叩いたり、ベージをめくったり、活字とご対面の毎日。
会話が生まれれば、物語にしたりして・・・・・・
何千年も動かない、埴輪のように固まっています。

入会時はこんな予定でなかったのに、不良会員に堕落しました。
例会の連続欠席をお許しください。階段の上り下りがキツイです。
アグラや椅子に掛けると、肉付き不足な坐骨周辺が痛みます。
痛みを避けて、7時前後から一日の半分は寝ています。気持ちよく。
そのうちに、事切れたかのように熟睡するかもしれません。

残り半日の何割かで、ものにならないものを書いています。
4月の例会も欠席で「ふがいない俺は、地面を見る」です。
原稿締め切りに、1期と2期ってありますよね。
どんな、色分けなのでしょうか?
と聞いても、5月までは残り1月かあ ――無理かな。
からだは前のめりになっても、原稿の前倒しは??? 
  なにはともあれ、欠席で人間関係の隙間だらけがつらいです。
    ああ春なのに、啓蟄はとうに過ぎたのに、這い出る虫はよれよれに。 
よよよっ! そんな虫はいたかな? 波津虫
2014/04◇KURI


3月23日、札幌プリンスホテルで市川海老蔵のディナーショウ「古典への誘い」が開催された。
ここを先途と、ファン冥利に尽きる贅沢を満喫し、私は陶酔の一夜にしびれた。
父団十郎亡き後、格段に頼もしく器量の大きくなった海老蔵の口上は申し分なし。
当代髄一の花形役者として歌舞伎の将来を担う自覚と気迫に満ちていた。
なによりもお客様大事のもてなし心が、熱く伝わってファンの気持ちを綻ばせた。
人気演目の歌舞伎舞踊「連獅子」も良かった。
見惚れるばかりの美々しい海老蔵が勇壮剛毅な親獅子を見事に演じ、
それを相手に12歳の子役・福太郎が愛らしい仔獅子を健気に舞って満場を沸かせた。
宴会場に俄か仕立てに拵えられたお粗末な舞台の上だが、歌舞伎座や南座などとはまっ
たく違ったアットホームな、親しい気分の芝居見物に大満足。
生の歌舞伎を見るのは初めてという客が少なくなかったが、
新しい客層にまちがいなく海老さまファンが生まれることだろう。
2012年に始まり、今年で3年目の「古典の誘い」である。
地方巡回の公演で、歌舞伎にからむ能、狂言、浄瑠璃、長唄、清元、三味線、お囃子など
日本の古典芸能を広く世の人々に親しんでもらいたいという画期的なコラボ活動をでもある。
陣頭に立って試み続ける海老蔵の若々しいチャレンジ精神と行動力に拍手喝采。
事のついでに、海老蔵主演の映画「利休にたずねよ」を心からお勧めします。
感動のあまり、すぐさま原作の小説を読んで、著者の山本兼一、千利休、
海老蔵三位一体のパッションが結晶した傑作だと、さらなる興奮を覚えました。 美しいものに出会えた喜びの余韻が私をずうっと支えてくれているのですから…

2014/04◇ひよし


晴れて念願のWEBデザイナーになれた。
嬉しい!

採用になった事務所は薄野のド真ん中にあって、通勤路がとても刺激的。
ヘルス・ソープ・ヘルス・ソープ・ヘルス・ヘルス・ローソン・会社、という並び。わお!

社長さんがとてもかっこいい方で、優しくて、面白くて、
自分はすごく恵まれていると思う。

先日はコスプレイベントのチラシを作った。
チラシに使う写真を選んでいると、
社長から「エヴァはだめだよ、前回使ったからね。他のを探して」と言われた。
「ナースとAKBと、じゃああとどうしましょう?」とぼくが相談すると、
「うーん、ミニスカポリスだね」と社長。

事務所はITと無関係なものがチョコチョコと置いてあり、探偵事務所のようで、一般的なIT風ではない。
そこが気に入っている。
お蔭様で毎日楽しく働いています。
2014/03◇TAMA


また、膝をヤッちまった。
6年前は左膝だったが、今度は右。
数日前から何となく膝裏に違和感を感じていたのだが、
例会後の飲み会で床に座ったのが致命的だったらしい。
帰り道で膝が痛み出し、やっとの思いでホテルに到着。
ベッドに入る頃には椅子から立つにも座るにも激痛が走った。
翌朝になっても症状は変わらない。
仕方なく、楽しみにしていた『小樽ひな巡りツアー』をキャンセルし、
土曜日も診療している整形外科へと車を走らせた。

「膝の軟骨がすり減ってるみたいですね」
X線画像を見ながら医者が言う。
やっぱりか。
膝に注射をした後、消炎鎮痛剤と湿布薬を処方され、
「2週間後に来院して様子を見せて」と言われた。
ああ、またヒアルロン酸注射とリハビリの日々が来たのだ。

すっかり油断していた。
ダイエットも適当になり、最近はかなりリバウンドしている。
そろそろまた真面目にやらなきゃ、と思っていた所だった。
神様は、意志薄弱な仔羊(仔豚か?)に
めちゃくちゃ痛いお灸をすえてくださった。
ふぇ~ん、痛いよぉ・・・。

今現在、痛みはだいぶ治まっている。
が、すっかり治すためにはリハビリとダイエットを
毎日コツコツやるしかないのだ。
そう、コツコツ、コツコツ、と。
はぁ・・・。
まぁ、精々がんばって見ますわぁ(泣)。

ってことで、
飲み会は椅子席でお願いします m(_ _)m

2014/03◇きよし


 立春を過ぎた2月中旬、東京に半世紀ぶりという大雪が降りはじめた。風もだんだん強くなり、吹雪になった。北海道から来て4年目、懐かしい光景にワクワクしてきた。
 子供のころ過ごしたオホーツクの漁業の町は、冬の厳しさが格別であった。吹雪のなか学校へ行くとき、正面を向くと息ができず反対向きで進んだこともある。年に2回くらいは猛吹雪のため臨時休校になり、喜んで家の周りを遊び歩いた。そんな思い出のある湧別町、昨年の猛吹雪の中での事故は痛ましい。車で小学生の娘を迎えに行った父親が、帰りに立ち往生してしまった。一晩娘を抱いてわが身を呈して助け、先立った。
 20年ほど前になるが、札幌で販売会社の社長を務めていた頃、1月中旬に物件営業のため道東へ出向くことになった。女満別空港からレンタカーを使う予定で、丘珠空港から乗った飛行機が「天候不順のため、釧路空港へ着陸します」ということになってしまった。
 11時に釧路空港に着き、レンタカーをチャーターしてK町経由で網走へ向け出発した。運転は勤務歴12年のM君、後部席には協力会社のY社長と3人での旅である。
 空港からまりも国道を走っているときはチラホラとしたやさしい雪であった。それが、鶴居村を通るときは、すでに吹雪になった。大粒の雪がものすごい勢いで前からやってくる。
ライトを点けていても、先がよく見えない。幸い前をダンプカーが走っているので、その尾灯を目印について行く。「助かりますね」心配顔のY社長を振返り語りかけた。
ところが、国道391号線に出るところで、頼りのダンプが右折してしまった。直前しか見えない道を、運を天にまかせて進む。野上峠に差し掛かった。前方から灯りが見え、対向車に慌てて左による。路肩もよく分からない。地吹雪が押し寄せ、一瞬何も見えなくなる。止まると、後ろから追突される。右手下に車が落ちている。「3台目ですね」とM君。ワイパーに雪が凍り付いて、役立たずになる。M君は左でハンドルを持ち、右手で窓を開けワイパーの氷を落とす。我々3人の命はこの若者の頑張りに掛かっている。
天は見捨てなかった。やがて街並みが見えてきた。K町を後にして網走に着いたときは、もう薄暗くなっていた。命をかけた営業は、なんとか遂行することができた。
猛吹雪で飲食店などは休業のなか、やっとビジネスホテルを見つけた。さっそく3人で自販機のワンカップを合わせ乾杯した。
マンションの6階のベランダから横殴りに降る雪を見ながら、ふっとそんなことを思い出した。あの時のワンカップの味は生涯忘れられない。

2014/03◇KURI


2月例会で再開した「文章ラボ」は、時間切れで不徹底な形で終り、とても残念でした。
おわびに、皆さんの原稿に朱を入れて郵送しましたので、参考にしてください。
3月例会が早くなったので、書き直し原稿提出が間に合わない場合は、前作を再検討するのも良いでしょう。新しい参加者も歓迎です。以下は「助っ人・久里」の感想です。
「干し柿」石川としえ
はじまりは正月の観劇三昧。そのいきさつを話題豊富に展開して楽しく読ませます。韓流ドラマに加えて中国ものまで、筆者が「ドツボにはまった」わけが明かされていくのです。
「面白さ」発見のポイントは、食べ物に、言葉に、風俗や人情に、と広がり、読み手の興味をそそり、共感を誘います。そこで考えたこと、感じたことを、さらに一段掘り下げることができれば、四角ばった文化論ではなく、としえさん流のユニークでソフトな「日・韓・中文化考」になりそうですね。
タイトルになった干し柿の影が薄いです。締め括りのテーマにするには物足りない感じがします。筆者が中国製の干し柿にこだわるあたり、説得力が弱いのが惜しまれます。
古代から干し柿が用いられた歴史的な事実や、生薬としての価値などを調べて得た新しい知識をよろこんで披露することも一興です。ドラマを通して経験した感動のさまざまが読者に熱く伝わるといいですね。自分の考え方が変わったという自覚も大切なところ…。
盛り沢山な内容ですから、紙数を増やして、章立てをしてまとめるのも一案でしょう。
「胸」  けいこ
けいこさんのエッセイの場合は、あけすけで、ざっくばらんな本音トークの面白さが特長です。正面きってのあっけらかんとした批評や指摘を書いても読者に嫌味や意地悪を感じさせないところに本領があります。書き手の人柄の良さでしょう。田辺聖子さんは「品下がれる文章にならない」ことを旨とされています。いいふりこきをせず、上品ぶらず、筆者は正直な述懐で読者の内心にくすぶっている不満をいやします。林真理子さんの処女作「ルンルンを買ってお家にかえろう」に、私も胸のすく思いがしたものです。けいこさんにお薦めの作家達です。何よりも読書。いろいろ読んで、これだという本に出合ってください。
◎ タイトルについての一例を挙げます。
村上龍の衝撃的なデビュー作「限りなく透明にちかいブルー」の原題は「クリトリスにバターを」だったのですよ。けいこさんもタイトルに知恵を絞ってください。
「お坊さんが来る日」 草野香織
来客を迎えるとなると慌てて念入りな掃除や片付けをする、身に覚えのあることです。
お坊さんを迎える理由ー我が家には両親と弟の三人の仏さんがありーが分かりにくい。
婚家に実家の仏を祀っているのですか。筆者の家の仏様事情についての説明が必要です。掃除嫌いは話の前座。本題は札幌でのお寺との希薄な関係についての筆者の憂いでしょう。
仏壇や墓の守りが悩みの種という家が増えています。あの世とこの世を繋ぐ手立てや仕掛けを拵えてきた人間の知恵、今を生きる者が死者たちの思いを引き継ぐことの意義などに思いを深めるにつれ、エッセイのテーマが限りなく膨らみます。今こそ書かなければ……。

2014/03◇ひよし


HPをにぎやかにしようと色々考えている。
まずは編集の要、たまさんに登場頂き、
好きな作家嫌いな作家ベスト3を発表。
今後も定期的にやっていくつもりなので、
会員の皆さんは、
ご協力くださいませ!!
2014/02◇TAMA


いつものショッピングモールに立ち寄ったら、 献血車が来ていたので、久々に献血することにした。
ところが、血液検査の段階で「比重が僅かに足りないので、今日は無理ですね」と断られてしまった。
その一週間ほど前に別件で血液検査をした際、 医者からは何の問題もないと太鼓判を押されていたのに。
帰り際、紙パックのお茶と箱ティッシュ差し出された。
自分は何の役にもたっていないからと断ったが、
「ご足労いただいたので。どうぞ」と言われ、恐縮しながら受